名探偵コナン
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「嘘なんかついてないもん!」
バン! と思いっきり机を叩くと、白い机の上にさっき食べたラーメンの汁が飛ぶ。手のひらが少しヒリヒリするし、学食にいた人達の視線が数秒ほど突き刺さるが気にしない。呆気に取られた友人達がぱちくりと瞬きをしながら私を見ている中、飛び跳ねてしまった汁を紙ナプキンで拭いた。
きっかけは友人の一言だった。
「彼氏いるって本当? 無理して私達に合わせてるとかじゃなくて?」
彼氏がいる、って無理して見栄張る理由なんか私にはない。友人達はずっと疑問に思ってはいたが、今まで言えなかったことを、つい軽い気持ちで言ったらしく、ごめんねとすぐ謝ってくれる。それに私は「私も、ごめん……」と小さく謝る。冷静になってみれば、怒鳴り声を散らす程のことでもなかった。
何でも合コンの人数が足りてないそうで、私に話が回ってきたのだ。彼氏がいるから、と毎回断っていたのだが、何せその証拠を私は誰一人として見せていない。そりゃ彼氏の影をちっとも見せないのに、彼氏がいる、なんて口だけの女のようにしか見えないのも無理はない。
彼の職業柄、写真を撮るのもアウトだし、周りの誰かにベラベラとこの関係を言うのもアウト。何ヶ月も会えないことも、やっと会えても数分だけなんてよくあることだ。まだ十代の大学生。彼氏に甘えてたくさんの思い出を作りたいのは、私が一番……。
――一番分かってる……。
今まで我慢してきた想いがどばどば溢れて、そしたら一緒に涙も出てくる。泣き出してしまった私を見た友人達が慌てふためく中、携帯がブーブーと震えた。数回震えて止まるだけでなく、ずっと鳴り続けている携帯は私に着信を知らせている。こんな時間に電話を掛けてくる先なんてバイト先以外に思いつかず、出るのに躊躇ってしまう。
グズグズになってしまった涙声で電話に出る訳にもいかず、後で折り返そうと放置を決め込むも、着信を知らせるバイブ音は鳴り続けている。まったく、授業中かもしれないって考えはないのだろうか。全く鳴り止む気配を見せない携帯を鞄の中から取り出し、画面を睨みつける。けれども画面に表示されていた名前に、眉間に寄せていた皺は一気に吹っ飛ぶこととなる。『景光』と登録された名前が浮かんでいるのを見て、すぐに画面をスライドさせた。
「ご、ごめんっ!」
「うおっ、いきなり声がでかいな」
スピーカーから聞こえる声に心臓が暴れだした。機械を通して聞く彼の声は、私がよく知っている声よりも少しだけ低い。ははっ、と笑う彼はそのまま「授業中じゃなかったか?」と聞いてきた。
「う、ううんっ! お昼ご飯食べてた」
涙は一瞬で引っ込んだのに、鼻水だけはしぶとく生き残っていたようで、無意識の内に小さく鼻を啜った。
「どうした?」
「ど、どうもしないよっ。ちょっと、色々あって……」
些細な音のハズだったのに、彼の耳にはしっかり届いていたようで、優しく問いかけられる。心配させちゃ駄目だ。大丈夫、と小さく笑い声を聞かせてやる。
「それより、急にどうしたの?」
目の前にいた友達がさっきとは一転、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら私を見ていたのに気が付き、鞄を手に食堂を後にして中庭へと向かう。しばらくの沈黙の後、鼓膜を揺らしたのは彼の甘い声だった。
「なんか、どうしてもお前の声が聴きたくなった」
その言葉に、足が止まる。
「や、やだな、もぉー急にどうしたの」
バクバク脈打つ心臓と、急に発火した顔の熱を誤魔化すように笑い飛ばす。止まってしまった足をもう一度動かすと、「ひどいな」と彼もクスクス笑う。
「今さ、丁度学校の前まで来てんだ。まだ時間あるなら……」
「それ早く言ってよ!」
午後の講義までそう時間は残っていなかったが、そんなことどうでもいい。彼の言葉を遮り、中庭に向けていた足を正門へと向け直す。繋がったままの電話を握りしめて全速力で駆ければ、久しぶりの疾走に足の筋肉と肺が悲鳴を上げた。
大学へ見学に来た時は、この広大な土地も輝いて見えたのに、今となってはどこへ行くにも遠いしうんざりする。現に、今だってこうして彼が来てくれているのにすぐに会えない。お昼のラーメンが逆流してしまうんじゃないか、と酸欠の頭で考えているとやっと正門に辿り着いた。
正門の向かい側。少し離れたところに止めてある車に寄りかかっている彼の姿を見つける。もう動かないよ、とだらしない足に鞭を打ってもう一頑張りすると、彼も私の姿に気が付き目を丸くする。
「髪の毛ボサボサ」
馬鹿にするように笑いながらも丁寧に私の髪の毛を整えてくれた。
「そんなに急いでこなくても……」
「だ、だって歩いてたらその分、景光と会える時間が減っちゃうっ!」
膝に手を付き、呼吸を整えていたがそんなこと言われちゃ黙っていられない。
「ははっ、そうだな」
ぐりんぐりん、と頭の上に乗せられた手が大きく私の頭を回す。ぐりんぐりん、ぱっ。優しく弾かれ、困惑を瞳に浮かべて彼を見た。
「そんな可愛いこと言われたら歯止めがきかなくなるじゃないか」
「えっ」
今度は期待に満ちた目を向けると、彼は困ったように笑った。
「だから、そういう顔やめなさい」
ぐいっと優しく腰を引かれ、触れるだけのキスを数回、思考が追い付かない内に済まされる。数秒にも満たなかったそれに、目をパチクリさせているとペチペチと額を叩かれる。
「明日、休みもぎ取ってくるから。夜、俺の家で待ってて」
待って? 今、キスしてくれた?
学校の前、人の目がたくさんあるのに。恥ずかしがってこういうのやらないのに。ぶくぶくとこみ上げてくれる幸福感に思わず頬が緩む。
「じゃあ、また後でな」
車に乗り込んだ彼が立ち去った後、手のひらに握りこまされていた銀色の存在にようやく気が付いて「えっ!?」と思わず大きな声を上げてしまった。その後に怒涛のメッセージ攻撃をしかけてみたのだが、彼はやっぱり忙しいようで残念ながら返信は一言だけだった。
『良い子で待ってろ』