名探偵コナン
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私の初恋はいたって平凡で、相手は近所に住む3つ上のお兄ちゃんだった。小さい頃から猛アタックを繰り返し、毎日のように告白をした。「ヒロにぃ好き!」ってね。それに彼は毎回こう応えた。「うん、俺も好きだよ」って。その言葉の意味に"Love"が含まれていないことを、私はずっと知ってた。
年の差が3つというのは、近いようでとても遠い。小学生の頃は毎日のように一緒に遊んでいたのに、彼が中学に上がってからは会う機会がぐんと減った。ようやく中学に上がったかと思えば、彼は高校に進学していった。登下校の道端でばったり会っても会話は昔と比べて減ったし、気付いたら身長の差もぐんと開いていた。
彼の周りには、年上の綺麗なお姉さん達がいる。それに比べて私はスカート丈も膝丈厳守な中学生。お洒落に染めている髪の毛も真似なんかしたら校則違反。ヒロにぃのことばかり見ていたら、周りの男子なんてガキにしか見えない。
「ねぇ、どうしたら私のこと好きになってくれる?」
私が足を止めると、彼も足を止めてくれる。
「どうしたら、って。俺はお前のこと好きだよ」
違う。だから違うの。私が欲しいのは、そんなんじゃない。
「ばかっ! ヒロにぃのばかっ! 本当に好きなのに。大好きなのにッ!」
ぶわっと涙が溢れ、胸の痛みを誤魔化すように叫ぶと、ヒロにぃは大きく目を見開いた。まさか私が泣くと思わなかったのだろう。少し焦ったような表情を浮かべていた。
「ごめん」
垂れてきそうな鼻水を思いっきり啜り、踵を返して、ただ真っ直ぐと目の前にある道を駆ける。彼が私の名前を呼ぶのを無視して、溢れる涙を乱暴に袖で拭った。ただひたすら、真っ直ぐ道なりに。辿り着いた場所はなんと憎らしいことか、小学生の頃、ヒロにぃ達とよく遊んだ公園。そう言えば、彼と初めて会ったのもこの場所だった。母親と喧嘩して、走って身を隠したのがこの公園。赤色のキノコのお家は、私のお気に入りの隠れ家だった。子供の頃とは違って、少しずつ大人に近づいてる私の体には、ほんの少しこの場所は狭い。
「やっぱりここにいた」
キノコの傘の部分はスキップフロアのようになっていて、登れるようになっている。そこに昔と同じように身を縮めて隠れていること約十分後。身を屈めてキノコのお家の中を覗き込んできた男に悪態を吐く。
「なんで追いかけてきたのがレイにぃなの」
「俺じゃ不満か」
「当たり前よ」
むくっと頬を膨らませ、膝を抱え直してそっぽ向くとレイにぃが窮屈そうに身体を縮めながらキノコの家へと入ってきた。
「帰るぞ」
「いやヒロにぃが迎えに来てくれるまで動かないんだから」
「我が儘ばっかりだと嫌われるぞ」
その言葉に、レイにぃに噛み付いていた威勢の良さが急に大人しくなる。私だって好きでこんな子どもみたいなことしてるわけじゃない。
「……やっぱり、私じゃ駄目なのかな」
いつも隣にいるような綺麗でお洒落なお姉さんじゃないと、ヒロにぃの隣にはいられないのかな。校則で決められた膝丈のスカート丈に白のハイソックス。制服を着崩すなんてもってのほかで、ワイシャツのボタンは第一ボタンを外すので精一杯。可愛いリボンも付けられず、髪型だってきっちり結び。大きな胸も無いしクビレもない子ども体型。早く追いつきたいのに、私はいつまでたっても我が儘ばかりのお子ちゃまだ。
「ヒロにぃ好きな気持ちは誰にも負けないのに……」
ほら、また涙が浮かんでくる。泣き虫小娘だ。
「だから泣くなって」
子ども用の遊具として造られた小さなお家は私が入ってるだけで狭いのに、レイにぃが無理やり入ってくるから窮屈だ。それどころか、そっぽ向く私の顔を無理やり自分の方へ向かせると、ゴシゴシと乱暴に私の目や頬を拭ってくる。布が擦れて痛い。きっと目元は真っ赤だ。
「ヒロ、外で待ってる」
「うそ」
「嘘吐いてどうすんだよ。ほら、だから泣くな」
あいつ、お前が泣いてるの昔から苦手なんだよ。
その言葉にパチクリと瞬きをする。
「はっ、間抜け面」
「いてててて」
鼻をぎゅっと摘まれ、思わず痛みに喚く。
「よし、涙止まったな。ほら行ってこい」
ぎゅうぎゅう、キノコの家から追い出され不満で一杯な顔をしていると、入り口のポールの上に座ってこちらの様子を見ていたヒロにぃがいた。彼は私が出てくると慌てた様子で立ち上がり、数歩だけこちらに駆け寄ってきた。が、すぐにその足が止まり、こちらの様子を窺っている。私の後ろからレイにぃが続くと、彼は呆れた顔をしながら私を追い抜かし、ヒロにぃの所へと向かった。何を喋ったのかは分からない。ただレイにぃがヒロにぃの背中を力強く叩いていて、それにヒロにぃが大きな声で「いっだ!」と痛みを訴えていたのは聞こえた。
レイにぃが公園から去っていくのをじっと見つめていたヒロにぃは、叩かれた背中を手でさすりながら、私の方へゆっくりと歩いてくる。距離は3メートル程だろうか。遠すぎず、近すぎず。距離を空けて立ち止まったヒロにぃは少し困ったような顔をしていた。
「なによ。そんなに嫌なら無理して来なくたって……」
「っ、ちが……ッ」
「じゃあ何でそんな顔するの!」
またこれだ。感情が昂るとすぐ涙が出てきちゃう。滲んできた涙を袖口で乱暴に拭うと、ヒロにぃに手首を掴まれ止められる。
「こら、そんなことしたら赤くなるだろ……ほら」
レイにぃに擦られたからとっくに目元は赤かった。ふいっ、と顔を背ける。涙を拭ってくれる手付きがたどたどしくて、丁寧で、優しく接してくれているのが凄く伝わってくる。それがとっても嬉しくて、その分胸が締め付けられてとても苦しい。
「……そんなに、優しくしないでほしい」
「どうして?」
もっともっと好きになっちゃうから。なんてこと言えず、唇をぎゅっと引き結ぶ。
「大切な子に優しくするのは当然だろ」
ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくる手を払いのける。
「ヒロにぃ!」
もうやめてよ、と言う前に彼が口を挟む。
「そのヒロにぃってやめないか」
え、という声は思ったよりも大きく出た。出会った時から、小さい頃からずっとヒロにぃって呼んできた。それを急に呼び方変えろ、だなんて。じゃあ何て呼べばいいのだろうか。
「お前こそ、俺のことちゃんと見てるのかよ」
俺はずっとお前のこと一人の可愛い女の子と思ってるのに。
不満そうな顔をしながらも、続けて私の名前を優しく呼んでくれる。
「気づいてないのはどっちだ。俺のこと、ちゃんと見てたのか?」
クスクス笑う彼は、完全に思考が停止している私を玩具のように扱う。髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回したり、頬をつねって引っ張ってみたり。いつもは抵抗するから物珍しいのだろうか。仕上げにぶちゅっと両頬に手が添えられ顔の中心に向かって押される。小さい子がよくやるタコさんのような変顔だ。
「ほら、俺のこと何て呼ぶの?」
久しぶりに彼の顔をこんなに間近で見たかもしれない。慌てて、彼の手首を握り顔から引き剥がし、真っ直ぐと瞳を見つめて彼の名前を呼んだ。
「ひ、景光!!」
景光。
〝ヒロ〟でも〝ヒロにぃ〟といった呼称とは違う、彼が生まれた時にご両親から与えられた名前を初めてちゃんと呼ぶと、彼は嬉しそうに笑った。