名探偵コナン
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「今日という今日は絶対許しません!」
思った通り、病室から抜け出そうとしていた彼の行く手を、腕を組んで弁慶の如く阻む。私が病室に向かった頃には、彼は既に病院着からいつものスーツに着替え終わった頃だった。
「参ったな。どうしても外せない仕事があるんですが」
鬼のような血相で叱りつける私とは裏腹に、彼はそう言って困ったように笑うが、事の大きさがそれを許さない。
「何言ってるんですか! 爆発に巻き込まれたんですよ?」
「でも掠り傷だけですし」
「それで済んでいるのが奇跡です! 本当に頭とか打ったりしてないんですか?」
「あんなに念入りに検査していたのに、まだ疑うんですか? 骨折すらしてませんよ」
ほら、と両手を広げて肩をぐるぐる回したり、体のあちこちを軽く叩きながら自分の体の無事を証明してみせる。たしかに大丈夫だと言い張る彼を取っ捕まえてありとあらゆる検査をした。
目前に迫る東京サミットが開催される会場にて爆発が発生。重軽傷者多数、中には死亡者まで出たのだ。外に出ていたとは言え、爆発に巻き込まれている。けれども診察の結果は、擦り傷や火傷、打撲等で命に別状はない。結果は彼の言うとおり、異常無しだった。それでも、私が降谷さんを引き留めるのには訳があった。
「ほんとに、ほんとに無茶しないですか」
無意識の内に伸ばした手は、降谷さんの裾を掴んでいた。これ以上の足止めはきっと彼を怒らせてしまう。けれど、なんだか妙に胸騒ぎがするのだ。
「無事に帰ってきますか……?」
しばらくの沈黙の後、野暮な質問だったと小さく謝り、掴んでいた服の裾を離す。すると、ぽんと優しく頭の上に手を置かれた。
「君は心配性だな」
「あ、当たり前です。降谷さんいつも無茶するし……今だって」
いつか貴方が私の前から消えてしまいそうで、とても怖い。
思っていたよりも優しい声に、恐る恐る顔を上げてみると彼は小さく微笑んだ。
「君にはいつも迷惑をかける」
その言葉に、ぶわりと瞳に涙が沸き上がり視界が滲む。
「……それと泣き虫だ」
「ごめ、ごめんなさっ」
慌てて涙を拭おうと手を伸ばすと、「こら、擦らない」と、頭に乗っていた手が自然に下りてきて、目元に溜まっていた涙を優しく掬い取られた。え、と小さく声を出した時には、すぐ近くに降谷さんの顔が迫っていた。
「大丈夫です。ちゃんと帰ってきますよ」
――それに怪我しても君が手当てしてくれるだろ?
「えっ、ちょ、ふ、ふるやさっ、ん……」
そっと額と額が触れ合い思わず声が裏返る。反射的に逃げようとすれば、するりと彼の腕が伸びて腰に回され、反対の手は私の腕を掴んだ。
――え、なに、え、どうして。
混乱する頭に目がぐるりと回った気さえした。
「ね、そうでしょ?」
鼻先が触れ合うほどの近さ。微かに口元にかかる吐息。至近距離から私の鼓膜を震わす甘い声。顔は熱いし、心臓はばくばく激しく動いていている。このまま唇同士が触れ合ってしまうんじゃないかと思っていた矢先、ふと顔が離れて彼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「……へ?」
「続きは僕が帰ってきたら」
少しかさついた指先がふわりと頬を撫で、それから名残惜しそうに離れた。私に背を向け、病室を後にする降谷さん。綺麗に畳まれた病院着がベッドの上に置かれている。
――まだ顔が熱い。
火照った顔を両手で隠し、落ち着くことなく早鐘を打ち続けている心臓をどうにか静めようと、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
病院の裏口に面している病室の窓から、外を見下ろしてみると思っていた通り、風見さんが待つ車へと向かう小さなグレーのスーツ姿を見つけた。
「行ってらっしゃい。どうかご無事で」
IOTテロと呼ばれるものによって引き起こされた交通事故の影響で病院内はパニック状態に陥っていた。急患が次々と運び込まれ、昼食も夕食も取る暇無くその対応に追われた。お陰様で夕方には帰れるシフト予定も全く意味を成さず、気がつけば時刻はとっくに深夜零時を回り、机の上には減らない書類の山が。朝には一度シャワーを浴びて服を着替える為に家に帰りたいものだ。
椅子に腰掛けたまま「はぁー……」と脱力し、目を瞑ると疲れが溜まっていたのか目が少し沁みた。手を組んでそのまま上へ上げると、肩の関節がボキボキと音を鳴らす。凝り固まった首や肩を揉みほぐしながらお手洗いへと向かった。
汗でヨレてしまった化粧を落とし、顔を洗う。化粧で誤魔化していた疲労も肌の粗さも全部丸出しだ。しかし、同じく残業にくたびれている上司に同僚、部下しかいないのだから、もうそれを隠す仮面はいらない。
朝から入れっぱなしのコンタクトレンズも外し、夜勤の際に使用している眼鏡を取り出す。少し汚れているレンズを綺麗に拭き取ってからかけると、見た目年齢急上昇だ。相変わらずの眼鏡の似合わなさに、鏡に映った自分を見て大きくため息を吐き荷物をまとめてトイレから出た。
コーヒーでも飲もうと自動販売機に向かい、そこで微糖のコーヒーを購入した。早速飲み口の蓋を開けて、一気にゴクゴクと喉に通す。半分程残ったのを飲みながら職員室に戻ろうとした時だった。裏口からコツコツと誰かの足音が聞こえる。反射的に音が聞こえる方へ視線を向けると、ゆらりと人影が見えた。
「ま、まさか幽霊じゃ……」
もう何年も病院に勤めているがいまだに夜中は怖い。残っていたコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に空き缶を入れ、意を決し恐る恐る人影が見えたところを、胸ポケットに入れておいたペンライトで照らして声をかけた。
「だ、誰? 大丈夫ですか?」
患者さんなら大変だ。
ピクリとも動かなくなってしまった人影に向かって一歩一歩足を運ぶ。心臓の音がどくんどくんと体中に響いた。
「あのっ、大丈夫です…か……」
蹲る人にライトを向ける。壁にぐったりと体を預け、向けられたライトの光に目を細めた人物に息を呑んだ。
「ふ、降谷さんっ!?」
「……っ、やっぱり君だったか……」
慌てて駆け寄りしゃがみ込む。所々破けている服には、赤黒い血が。
「血が乾いてる……。一体何時間このままで…ッ!?」
止血は行われているとは言え、服についた血はカピカピに乾いてしまっている。一通り怪我の具合を見てからペンライトを口で咥え、一番酷い腕の傷を診る。気休め程度に包帯で止血してはいるが、ざっくりと切れた切り傷は10針以上縫う必要がありそうだ。
「なんでこんなになるまで……」
そう呟く声はどうしても震えてしまう。溢れてきてしまいそうな涙をこらえ、深く深呼吸をする。
「お説教は後でたっぷりしますからね」
先日と同じように困ったように降谷さんは笑うが、その表情は前よりも弱っているように見える。急いで持っていたピッチで残っていた医師に連絡を入れ、診療所へ彼に肩を貸しながら向かう。
診察所には医師が既に治療の準備をして待っていた。適切で迅速に処置をこなしていく医師のサポートをしながら降谷さんの傷ついた体を盗み見た。ざっくりと切れていた腕の傷は見ているこっちが思わず顔を歪めたくなるような傷だ。
「それじゃ後頼んだよ」
治療を終えた医師が退室し、沈黙が漂う診察室で後処理をこなす。くるくると包帯を巻いていると、降谷さんは居心地悪そうに空いている手で頬を掻いた。
「その……顔を上げてくれないか?」
その問い掛けに聞こえないフリをする。私の名字を呼んでも、私が顔を上げないのを見た彼は、静かな声で私の名前を呼んだ。柔らかな低音が鼓膜を震わす。包帯を巻いていた私の手がピタリと止まった。
「悪かった……」
小さく、謝罪の言葉が呟かれる。
「……そ、んなんで許すと思ったら大間違いですよ……。なんでもっと早く来なかったんですか」
「人手不足で動ける人間が少なくて、後処理に時間がかかったんです。止血さえしとけば大丈夫と思って」
「全然大丈夫じゃなかったじゃない!」
絶対に許すもんか、と俯いていた顔も上がってしまう。思っていた以上に大きな声が出てしまった。敬語を使うことも忘れて怒鳴ってしまったことに気が付き、小さくごめんなさいと呟く。そんな私の様子に驚いたのか、降谷さんは自前のぱっちりと大きな目を丸くしている。
壁にもたれている彼を見たとき、自分の心臓が、時の流れが止まってしまったように思えた。胸が、酷く痛かった。にも関わらず彼は大したことないと言う。初めて会った時だってそうだった。
当時、研修で右も左も分からず病院内を駆け回っていた頃があった。まだ院内の場所を把握しておらず、道に迷っていた私は人から隠れるようにしていた降谷さんを見かけた。顔を青くして、何かを耐えているように椅子に座っている彼を見て、新米看護師としてほうっておけなかった。声をかけても今みたいに大丈夫だと強がる。けれど、服の下に隠れていたのは刃物で切られたような傷跡だった。中に着ていたTシャツが真っ赤に染まっている。今まで見てきたような、ちょっと包丁で切ってしまった指の切り傷、転んで出来てしまった擦り傷とはわけが違う。想像してもみなかった大怪我に頭が真っ白になったのをよく覚えている。気が動転してしまい、逆に降谷さんにも迷惑をかけた。その時のこともあってか、秘密裏に動く公安警察に所属する降谷さんの担当看護師としても働くことになったが、いつも無茶ばかりする彼には手を焼いていたのだ。
包帯を巻きながら頭に浮かんできた文句を、これを機に全部言ってやると口を動かす。つらつらと止まることない降谷さんへの日頃の文句。あれもそうだ、これもそうだ、あの時だって……と、口は止まらない。けれど降谷さんは一言も反論しようとはせずに、ただ黙って私の文句を聞いている。それどころか、何かを言おうとしては躊躇う様子が窺えた。
「何ですか」
巻き終わった包帯をぎゅっと留め問いただす。重く息を吐いた彼は「その、貴方の声を聞いたら気が抜けてしまって……」と口を閉ざした。
「え?」
彼は自嘲気味に笑ったかと思うとすぐにボロボロに汚れたワイシャツを羽織り、上着を持ちそのまま立ち上がった。
「だ、駄目です! 安静にしててください」
慌てて彼の腕を掴んだとき、赤く染まる耳が見えた。
「ふ、降谷さん」
「何ですか」
「こっち、向いてください」
「断る」
ちょっとした言葉の攻防戦。私に見せないように、前を向き続ける彼はどんな表情をしているのだろうか。身を乗り出して降谷さんの顔を覗くとほんのり頬が赤く、私と目を合わせようとしない。照れ臭そうに手で顔を隠す彼の姿が物珍しくてジロジロと無意識のうちに見つめてしまう。
「そんなに見ないでくれ」
「嫌です。こんなチャンス滅多にない……」
もっと見ようと、顔を隠している手を退けようと手を伸ばす。が、差し出した手は思っていた通り捕まった。そのままぎゅっと彼の腕の中に包み込まれ、耳元で小さく呟かれる。
「……君がいてくれてよかった」
「降谷さんこそ……無事でよかったです……。ほんとにっ、よかっ……ッ」
手を伸ばして彼の背中に縋り付く。ドクドクと少し小走りな心音を聞くと涙が溢れてきた。ぽろぽろ溢れる涙が降谷さんのワイシャツを濡らす。泣いちゃ駄目だ、と涙を堪えるが嗚咽が隠しきれない。それどころか、よしよしと頭を撫でられてしまえばもう我慢なんてできやしなかった。
「ほんとに大したことじゃなかったんだ…」
ぽつり、彼が呟く。
「君の声を聞いた途端力が抜けて立っていられなくなるなんて、恥ずかしいだろう」
優しく、ゆっくりと絡まった毛先まで丁寧に髪の毛を梳かされ、地肌を指の腹で撫でられる。その心地よさに目を閉じていると、ぴったりとくっついていた体が不意に離れた。
「えっ、ふるやさ、」
急に離れてしまった熱にちょっぴり驚いてしまう。思わず彼の名前を呼ぶが最後まで言うことは叶わず、最後の音は彼の口内に包まれ消された。一度、二度。柔く唇を数回に分けて少しずつ食まれるような口付け。反射的に逃れようと背中を反らし、距離を取ろうとするが、後頭部と腰に添えられた降谷さんの手がそれを許さない。
「続きは帰ってきてから、ってこないだ言っただろう?」
何度も繰り返される口付けは、息継ぎをする隙さえも与えない、とでも言うようであった。特別息苦しくなるようなキスではない。口内を貪るような乱暴で官能的な口付けではない。ただ、唇を軽く吸われながらも触れるだけのキスなのに、こうも続けてされると息を吐く暇もありゃしない。
「んっ……、くる、し……んむっ……ッ」
もう限界……。びくともしない彼の腕の中でもがき、何とか降谷さんに限界が近いと知らせる。唇を塞がれ、思うように発せない言葉に彼は気付いてる筈なのに、ちっとも口付けの雨は止まない。薄らと目を開けると、滲んだ視界の中で彼が愉しそうに笑うのが見えた。
小さく漏れた吐息さえも包み込むように、最後にもう一度、じっくりと唇を味わうようにキスをした。ちうっ、と可愛らしいリップ音を残して離れる唇が、あんなに苦しかったのにもう恋しい。
「そんな情熱的に見つめないでくれ。我慢できなくなる」
「降谷さんのいじわる」
口では積極的な言い回しを使うくせにまだまだ余裕そうで、意地の悪い笑みを浮かべている。一方で私は、頬を膨らませ眉間に眉を寄せることしかできなかった。
※まだ付き合ってません
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