【HQ】そのランプが消えるとき【及川徹】
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「んぅー……」
ぼんやりと浮上する意識の中、左手に何か熱を感じた。なんだろう……。その熱の正体を知ろうと視線を向けると、私の左手を握りながら布団に頭を乗せて寝ている一の姿が私の瞳に映った。
(ずっと握っててくれたんだ……)
繋いだ手には力が入っていなくて、完全に寝落ちしてしまっているよう。一を起こさないようにと慎重に手を解く、触れ合っていた肌は少し汗ばんでいて冷えた空気が染みた。
外を見てみるととっくに日は沈んでいて、真っ暗な空間に外灯や家の電気がポツリポツリと光っているのが見える。きっと、多くの家がクリスマスパーティーと称し豪華な食事を囲んでいるに違いない。
六時間くらい寝ていた体はだいぶ楽になっていて、上半身を起こすと軽い眩暈にクラっと頭が揺れた。
私だって、今頃徹とクリスマスを過ごすはずだったのに。なんでベッドで寝てるのよ……。
爪が食い込むくらい握り締めた拳。昨日すりむいた手のひらが少し痛む。また熱くなる目頭、ツーンとなる鼻、苦しくなる心臓。
「な、んで……ッ」
こみ上げてきた涙が頬を流れ出したとき、視界の端で水色の影が揺れた。
「……ったく、起きてそうそう泣いてんのかよ」
「はじめ……っ」
一はベッドの脇に腰を下ろすと私の体を引き寄せ、頭を優しく何度も撫でた。いつだったか髪の毛をクシャクシャにするような撫で方じゃなくて、少し乱れた髪の毛を丁寧に梳いてくれるような撫で方。
私が泣くと、いつも一はこうして慰めてくれる。規則正しく動く一の心臓の音はとても安らかで落ち着く。こうやって、私の涙が枯れるまで何度も何度も頭を撫でてくれる。
「……ッ、一緒に、いてくれて、ありがとぉー……ッ」
◇◇◇
「及川」
悠月の家を後にし、すっかり夜が更けった頃。及川の家の前の塀に体を預けて待っていると、上着のポケットに手を突っ込み白い息を吐きながら及川は帰ってきた。俺の顔を見るなりその表情は強張り、俺が何を言いたいのか分かるようだった。
「話がある」
「俺は無いよ。それより、こんな寒い中外で待つとか風邪ひいたらどうするの」
「風邪をひいてるのは悠月だよ」
俺の横を通り過ぎ、門扉に手をかけ家の中へ入ろうとする及川を制す。「やっぱり……」そう小さく口にしたのを俺は聞き逃さなかった。
「……っんだよそれ! やっぱりって何したんだよ!」
及川の胸ぐらを掴んで門扉に乱暴に叩きつけるとガシャンと大きな音が鳴った。閑静な住宅街に響き渡る俺の怒声。感情が昂る俺に比べて冷静で冷ややかな及川の瞳。
(お前は、いつからそんな顔をするようになったんだよ……!)
「悠月のとこ行ってきたんでしょ? なら聞いただろ。俺達別れたの。悠月の手、見なかったの? 指輪、川に捨てた。それをバカみたいに探して風邪ひいたんだろ。自業自得じゃん。俺のせいじゃない」
淡々と腹がたつような言葉を並べる及川への苛立ちは収まるどころか、どんどんと昂ぶって胸ぐらを掴む手に力が入る。そう言えば、握った左薬指に、いつも欠かさず身につけていた指輪が無かった。俺の手を掴んで自身の胸ぐらから引き離そうとするこいつの左薬指にも、部活や体育の授業以外欠かさず身につけていたはずの指輪が無い。
「もう俺は関係ないから。岩ちゃん、まだ悠月のこと好きなんでしょ? よかったじゃん。付け込む隙ができて。幸せにしてあげなよ」
すっかり力の抜けてしまった手を振り払われ、及川は家の中へと姿を消した。
◇◇◇
――新学期が始まった。
高校3年生の冬休み明けは、最早学校が無いと言っても過言ではない。始業式にさえ出れば、あとは自由登校となるのだ。進路が決まっている者はバイトに明け暮れるのもよし。遊ぶのもよし。自動車の免許を取りに行く人もたくさんいて教習所は毎日混雑している。しかし、まだ一般受験を残している者たちは毎日学校で自習したり、予備校に缶詰めになり血眼になって勉強する。
スポーツ推薦で進学先が秋には決まっていた徹と一。そんな二人と一緒の大学に行くためにも、、私は普段から勉強を頑張っていたお陰で指定校推薦の枠で彼らと同じところに行けることが決まっていた。
「悠月、今日徹くんは? 珍しいね、一緒じゃないの」
毎日徹と登校していたからだろう。友達の何気ない一言はただ単に興味から湧いて出てきた言葉だったのだろう。けれど、私の心は何かでグリッと抉られたように痛む。
人気者の徹。女の子からの中心の的。そんな彼と付き合っていたら当然、みんなも知られていて及川徹の彼女が私だってことは、きっと学校中に――いや、他校の及川徹ファンならみんな知っていた。それなのに、及川徹が今朝一緒に登校してきたのは、私ではなく、隣のクラスの女の子だった。
「ねぇ、何、あれ?」
二人の仲睦まじい姿が私たちの教室の前をすぎる。それを見た友人は震える声で私に声をかけた。見れば分かることじゃん。聞かないでよ。ほらね、みんなの視線が私に集まる。
「別れたの。徹、あの子と付き合うんだって」
「はぁ?! 何それ、信じらんない。悠月、それでいいの?」
良いも悪いもない。別れたくないから、彼に縋った。真冬にも関わらず、川に飛び込んで泣いた。彼を想って。子どもみたいに泣きじゃくった。
何か一言でも口にしたら、必死に我慢しているモノが全部出てきてしまいそうで、喉にまでせり上がってきてしまっているモノを必死に飲み込む。震える喉がその感情を抑える。握った手のひらには、じんわりと汗が滲んだ。
あぁ……。泣けたらどんなに楽なんだろうか。今、ここで、我慢して抑え込んでるモノを吐き出してしまえたら、どんなに楽だろうか。
俯いて泣くのを我慢している私に気がついたのか、友達はそれ以上は何も言わなかった。始業式が行われる体育館へ移動するように、と放送が流れるのを聞いても動こうとしない私の手を黙って引いてくれたのは、一だった。
「辛いなら泣け。我慢するな」
彼の柔らかい声色に、涙腺がついに壊れる。ボロボロと涙が重力に従って零れ落ちる。ヒクついた喉から込み上げてくる嗚咽を堪えながら、一に手を引かれるがままに歩いた。人の波に逆らいながら彼が私を連れて行ったのは、男子バレー部が普段使う体育館だった。
人のいない環境に落ち着いたのか、胸の中から湧き出てきたモノを口から吐き出した。体育館の脇の階段に座った彼の隣りに蹲るようにして座る。カーディガンとブレザーだけでは防寒にはならず、寒さにガクガクと体を震える。そんな自分の体を抱きしめるように、ギュッと腕を握って声をあげて泣いていると、一は自分のブレザーを私にかけてくれた。彼のぬくもりがじんわりと肩から背中をゆっくりと温めてくれる。何も言わずに、ただ頭をぽんぽん、と優しく撫でてくれる。
涙っていつ枯れるんだろう。冬休みに、今はもう指輪の無い左手の薬指を優しく何度もさすりながら、泣いたのに。あんなに泣いたのに、まだ涙は出続ける。涙を拭うカーディガンの袖がビショビショに濡れてしまう。ブレザーに残っていた一の温もりがだんだんと消えていく。
「一。さむい……」
顔を伏せたまま、隣りにいる彼にそっと手を伸ばしてみる。すると一は何も言わずに私の体を包み込むように抱きしめてくれた。
「泣きたいなら泣け。全部吐き出せ。全部受け止めてやるから、な」
ぽんぽん、ぽんぽん。背中と優しく叩かれ、後頭部に回された手が私の頭を撫でる。フラレた翌日、一の腕の中で泣いた時のことを思い出せば、また涙が溢れてくる。一は、いつまでも子どもみたいに、わんわんと声をあげて泣く私に付き合ってくれた。
ぼんやりと浮上する意識の中、左手に何か熱を感じた。なんだろう……。その熱の正体を知ろうと視線を向けると、私の左手を握りながら布団に頭を乗せて寝ている一の姿が私の瞳に映った。
(ずっと握っててくれたんだ……)
繋いだ手には力が入っていなくて、完全に寝落ちしてしまっているよう。一を起こさないようにと慎重に手を解く、触れ合っていた肌は少し汗ばんでいて冷えた空気が染みた。
外を見てみるととっくに日は沈んでいて、真っ暗な空間に外灯や家の電気がポツリポツリと光っているのが見える。きっと、多くの家がクリスマスパーティーと称し豪華な食事を囲んでいるに違いない。
六時間くらい寝ていた体はだいぶ楽になっていて、上半身を起こすと軽い眩暈にクラっと頭が揺れた。
私だって、今頃徹とクリスマスを過ごすはずだったのに。なんでベッドで寝てるのよ……。
爪が食い込むくらい握り締めた拳。昨日すりむいた手のひらが少し痛む。また熱くなる目頭、ツーンとなる鼻、苦しくなる心臓。
「な、んで……ッ」
こみ上げてきた涙が頬を流れ出したとき、視界の端で水色の影が揺れた。
「……ったく、起きてそうそう泣いてんのかよ」
「はじめ……っ」
一はベッドの脇に腰を下ろすと私の体を引き寄せ、頭を優しく何度も撫でた。いつだったか髪の毛をクシャクシャにするような撫で方じゃなくて、少し乱れた髪の毛を丁寧に梳いてくれるような撫で方。
私が泣くと、いつも一はこうして慰めてくれる。規則正しく動く一の心臓の音はとても安らかで落ち着く。こうやって、私の涙が枯れるまで何度も何度も頭を撫でてくれる。
「……ッ、一緒に、いてくれて、ありがとぉー……ッ」
◇◇◇
「及川」
悠月の家を後にし、すっかり夜が更けった頃。及川の家の前の塀に体を預けて待っていると、上着のポケットに手を突っ込み白い息を吐きながら及川は帰ってきた。俺の顔を見るなりその表情は強張り、俺が何を言いたいのか分かるようだった。
「話がある」
「俺は無いよ。それより、こんな寒い中外で待つとか風邪ひいたらどうするの」
「風邪をひいてるのは悠月だよ」
俺の横を通り過ぎ、門扉に手をかけ家の中へ入ろうとする及川を制す。「やっぱり……」そう小さく口にしたのを俺は聞き逃さなかった。
「……っんだよそれ! やっぱりって何したんだよ!」
及川の胸ぐらを掴んで門扉に乱暴に叩きつけるとガシャンと大きな音が鳴った。閑静な住宅街に響き渡る俺の怒声。感情が昂る俺に比べて冷静で冷ややかな及川の瞳。
(お前は、いつからそんな顔をするようになったんだよ……!)
「悠月のとこ行ってきたんでしょ? なら聞いただろ。俺達別れたの。悠月の手、見なかったの? 指輪、川に捨てた。それをバカみたいに探して風邪ひいたんだろ。自業自得じゃん。俺のせいじゃない」
淡々と腹がたつような言葉を並べる及川への苛立ちは収まるどころか、どんどんと昂ぶって胸ぐらを掴む手に力が入る。そう言えば、握った左薬指に、いつも欠かさず身につけていた指輪が無かった。俺の手を掴んで自身の胸ぐらから引き離そうとするこいつの左薬指にも、部活や体育の授業以外欠かさず身につけていたはずの指輪が無い。
「もう俺は関係ないから。岩ちゃん、まだ悠月のこと好きなんでしょ? よかったじゃん。付け込む隙ができて。幸せにしてあげなよ」
すっかり力の抜けてしまった手を振り払われ、及川は家の中へと姿を消した。
◇◇◇
――新学期が始まった。
高校3年生の冬休み明けは、最早学校が無いと言っても過言ではない。始業式にさえ出れば、あとは自由登校となるのだ。進路が決まっている者はバイトに明け暮れるのもよし。遊ぶのもよし。自動車の免許を取りに行く人もたくさんいて教習所は毎日混雑している。しかし、まだ一般受験を残している者たちは毎日学校で自習したり、予備校に缶詰めになり血眼になって勉強する。
スポーツ推薦で進学先が秋には決まっていた徹と一。そんな二人と一緒の大学に行くためにも、、私は普段から勉強を頑張っていたお陰で指定校推薦の枠で彼らと同じところに行けることが決まっていた。
「悠月、今日徹くんは? 珍しいね、一緒じゃないの」
毎日徹と登校していたからだろう。友達の何気ない一言はただ単に興味から湧いて出てきた言葉だったのだろう。けれど、私の心は何かでグリッと抉られたように痛む。
人気者の徹。女の子からの中心の的。そんな彼と付き合っていたら当然、みんなも知られていて及川徹の彼女が私だってことは、きっと学校中に――いや、他校の及川徹ファンならみんな知っていた。それなのに、及川徹が今朝一緒に登校してきたのは、私ではなく、隣のクラスの女の子だった。
「ねぇ、何、あれ?」
二人の仲睦まじい姿が私たちの教室の前をすぎる。それを見た友人は震える声で私に声をかけた。見れば分かることじゃん。聞かないでよ。ほらね、みんなの視線が私に集まる。
「別れたの。徹、あの子と付き合うんだって」
「はぁ?! 何それ、信じらんない。悠月、それでいいの?」
良いも悪いもない。別れたくないから、彼に縋った。真冬にも関わらず、川に飛び込んで泣いた。彼を想って。子どもみたいに泣きじゃくった。
何か一言でも口にしたら、必死に我慢しているモノが全部出てきてしまいそうで、喉にまでせり上がってきてしまっているモノを必死に飲み込む。震える喉がその感情を抑える。握った手のひらには、じんわりと汗が滲んだ。
あぁ……。泣けたらどんなに楽なんだろうか。今、ここで、我慢して抑え込んでるモノを吐き出してしまえたら、どんなに楽だろうか。
俯いて泣くのを我慢している私に気がついたのか、友達はそれ以上は何も言わなかった。始業式が行われる体育館へ移動するように、と放送が流れるのを聞いても動こうとしない私の手を黙って引いてくれたのは、一だった。
「辛いなら泣け。我慢するな」
彼の柔らかい声色に、涙腺がついに壊れる。ボロボロと涙が重力に従って零れ落ちる。ヒクついた喉から込み上げてくる嗚咽を堪えながら、一に手を引かれるがままに歩いた。人の波に逆らいながら彼が私を連れて行ったのは、男子バレー部が普段使う体育館だった。
人のいない環境に落ち着いたのか、胸の中から湧き出てきたモノを口から吐き出した。体育館の脇の階段に座った彼の隣りに蹲るようにして座る。カーディガンとブレザーだけでは防寒にはならず、寒さにガクガクと体を震える。そんな自分の体を抱きしめるように、ギュッと腕を握って声をあげて泣いていると、一は自分のブレザーを私にかけてくれた。彼のぬくもりがじんわりと肩から背中をゆっくりと温めてくれる。何も言わずに、ただ頭をぽんぽん、と優しく撫でてくれる。
涙っていつ枯れるんだろう。冬休みに、今はもう指輪の無い左手の薬指を優しく何度もさすりながら、泣いたのに。あんなに泣いたのに、まだ涙は出続ける。涙を拭うカーディガンの袖がビショビショに濡れてしまう。ブレザーに残っていた一の温もりがだんだんと消えていく。
「一。さむい……」
顔を伏せたまま、隣りにいる彼にそっと手を伸ばしてみる。すると一は何も言わずに私の体を包み込むように抱きしめてくれた。
「泣きたいなら泣け。全部吐き出せ。全部受け止めてやるから、な」
ぽんぽん、ぽんぽん。背中と優しく叩かれ、後頭部に回された手が私の頭を撫でる。フラレた翌日、一の腕の中で泣いた時のことを思い出せば、また涙が溢れてくる。一は、いつまでも子どもみたいに、わんわんと声をあげて泣く私に付き合ってくれた。