【HQ】そのランプが消えるとき【及川徹】
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「悠月、別れよっか」
「え……?」
彼が当然口にした言葉を理解することができず、私の頭は真っ白になる。何を言っているの? そう言いたくても上手く声に出せずにいると、再び彼は呆れたようにその言葉を口にした。
「だから、別れようって言ってんの。分からないの? てか、拒否権ないから。別れて」
「な、なんで……」
彼の冷たい表情や声を目の前にして、すっかり怖気づいてしまった私の声は震えていて、やっとの思いで絞り出した声は自分でも吃驚するくらい小さくか細いものだった。
「好きな子ができた。その子と付き合うことにした。理由なんてこれで十分でしょ?」
「や、やだ……ッ、なんで、そんな急に……」
先週、流星群見に行ったばかりじゃん。クリスマスも一緒にいようって約束した。今日だって、一緒にイブを過ごせるのを前から楽しみにしていた。早起きして少しでも可愛く見られるように、って髪の毛セットして……。なのに、なんで急にそんなこと言うの。
「待ってよ徹! ちゃんと話し合おう? 行かないでッ!」
徹のために頑張った。プレゼントも用意した。一生懸命選んだの。
伝えたい言葉はたくさんあった。口が追いつかないくらい溢れ出てくる。だから、ちゃんと話そうよ。
それなのに徹は、お前と話すことなんて無い、とでも言うように私の問いかけには応じずに立ち去ろうとする。行かないで、と何度も彼の腕を掴んで懇願する。ふと、徹の足が止まった。ほっと胸を撫で下ろして彼の名前を呼ぼうとすると、それを遮るように彼はこう言った。
「浮気されてると思われたくないから、その指輪。外しといてね。捨てていいから」
「や、やだッ……な、んで……。いや! 離してっ」
徹は私の手首を掴み、指輪を取ろうと力を込めた。左の薬指にはまっている指輪は、付き合って三年目の記念日に貰ったものだった。
「別れるッ! 別れるからぁ……おねがいっ、指輪もはずす! はずすから、取らないで……」
おもちゃを取り上げられそうになって駄々をこねる子どものように泣き喚く。徹は、そんな私を見てますます不機嫌になった。手首を凄い力で握られて、痛みで力が怯んで握りしめていた拳が少し開いた。その一瞬を見逃さなかった徹は指輪をいとも簡単に私の指からするりと抜いた。
「あっ……やだっ、返して!」
指輪を手にした彼の腕にしがみついて、思いつく言葉をつらつらと述べる。さっきまで上手く動かなかった口が驚くほど饒舌になっていく。
「何が駄目なの? 別れたら指輪をはずすのは当たり前かもしれない。けれど、捨てるか捨てないかは私の問題でしょう? 思い出の品にすらしちゃいけないって言うの? 徹は私と付き合ってて、一時でも幸せだった、楽しかったって思うことなかったの? ねぇ、答えてよ! ねぇってば!」
「しつこいって言ってんだろ!」
彼に腕を振りほどかれ、重心の傾いた体は固いアスファルトに尻餅をつく。咄嗟についた手のひらが擦り傷を作る。傷がヒリヒリと痛んだ。
「俺、引きずる女大嫌い」
徹は私を冷めた表情で見下ろし、自分の指輪を目の前で取って見せた。
いや、何をするの……。知らない。そんな顔、わたし、知らない。
自然と首が横に振られる。いや……、っと小さく溢れる声。瞳に溜まっていた涙が、頬を伝った。
徹は指輪を持つ手を大きく振りかぶって、今いる橋の下の川へと指輪を投げたのだ。バイバイ、と呟いた彼は地面に尻餅をついたままの私を置いていく。振り返ることもしない彼の背中を、ただただ呆然と見つめることしかできなかった。
怪我をした時は、一番に気がついて「女の子なんだから気をつけなよ、もー」と頬を膨らましながら優しく手当をしてくれた。じんわりと血が滲んで
手首も真っ赤に掴まれた痕が残っている。彼の背中が見えなくなた頃には、日は沈み辺りは暗くなっていた。
指輪を探さないと。フラフラとした足取りで土手へと向かいコートとロファーを脱ぎ、カバンと一緒に置く。凍てつくような水の冷たさが肌に刺さり、凄く痛い。川の真ん中辺りまで来ると、思ったよりも深くて水面は腰の辺りで揺れた。水面が揺れる度に、スカートがゆらゆらと踊る。
寒くて身震いが止まらない。指輪も見つからない。流れは比較的ゆっくりだが、もう遠くまで流れてしまったのかもしれない。そもそも、座り込んでしまっていたために、指輪が落ちた場所など見ていなかった。
冗談なんじゃないか、って思った。「なーんてね! 及川さんの迫真の演技凄かったでしょ?」と笑う彼が頭を過ぎった。ひまわりみたいに優しい、柔らかな笑顔が水面に映って、消えた。
『いつか、絶対本物あげるから待ってて……』
夏の星空の下で誓った約束。心の中で沸々と沸き上がる悲しみは、涙と声になって溢れ出した。十二月二四日。聖なる夜だと街中が賑わう中、私は約三年半付き合った彼氏にフラレた。