【DC】恋するおまわりさん【安室透/降谷零】休止中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「近所付き合いも程々に、な。職務怠慢にも見られるぞ」
安室透、という男の話で盛り上がった井戸端会議の輪に拘束され続け、うっかり長居してしまった。これではただのサボりになってしまう。職務に戻ります、と敬礼を決めその輪から外れ、急いで自転車に跨りペダルを踏んだ私を待っていたのは、重く息を付いた署長だった。
「も、申し訳ございませんっ!」
即座に被っていた帽子を脱ぎ、深く頭を下げる。またやってしまった。熱くなる目頭とつんと痛む鼻。昔から泣き虫なのは変わらない。今のように少しの注意を受けただけでも、じわりと涙が浮かんでしまうのでよく相手を困らせてしまう。無意識の内に鼻を啜ってしまい、その音を聞かれてしまったようで、署長はまたしても深く息を吐いた。
「怒っていないから顔を上げなさい。ほら、昼休憩に行っておいで」
「しかしっ……」
度重なる、一見職務怠慢にも思われる長居の井戸端会議の参加を咎められるかと思っていた私は、思わず口を挟んでしまう。顔を上げると、怒っていないという言葉に嘘は無いようで、鼻を赤くした私ににっこりと笑いかけた。
「おまわりさん、ってのは地域の人達からの信用・信頼が大切だ。君はよくやってる。俺は君を凄く評価してるんだ。入所した時からね。ただ、俺が思っていても他の人から見たらどうかなって話だ。ここにいる君の同僚達は皆、君を評価している。それだけ忘れないように。分かったら早く昼休憩に行っておいで」
「あ、ありがとうございます!」
もう一度ペコリと頭を下げ、交番奥のバックヤードからロッカーに入れておいた鞄を手に外へ駆け出す。長い期間履き続けた革靴はほどよく柔らかくなっており、よく足に馴染んでいる。最初の頃こそ靴擦れも多かったが、今じゃ全力疾走だって余裕だ。
駆け足でポアロへ向かい、お店の前で少しだけ息を整えてからドアに手をかけた。カランカラン――と小さな鈴の音が鳴り、その音を聞いた店員が中から「いらっしゃいませ」と挨拶をする。
被っていた帽子を取りながら、空いていたカウンター席に腰を掛け、乱れた髪の毛を簡単に手櫛で整える。伸びてきて目にかかった前髪が少し鬱陶しい。ぺたんこに潰れて割れてしまった前髪を弄っている間に、目の前のカウンター越しに定員さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」と掛けられた声は、聞いていてとても心地良いハスキーな低音。
「ご注文はお決まりですか?」
声を掛けられ、反射的に顔を上げる。褐色の肌に、透き通ったターコイズブルーの瞳、ハニーゴールドの髪色は無理に色を抜いたような痕跡はなく、光を受けて所々艶々と光っている。色男だ、とおば様達から散々聞いてはいたが、想像以上に容姿は整っており、まるで芸能人のようだ。
――この人どこかで……
「あの……どうかしましたか?」
一瞬、にしては長く感じられる程の時間、接客対応をする男の顔をじっと見つめてしまった。水の入ったグラスと一緒に、おしぼりを置いてくれた彼は、そんな私を見て不思議そうな表情を浮かべる。無造作に割れていた前髪を弄る手を止め、慌てて前来た時に頼んでいたメニューを口にした。
「あっ、えっと、すみませんっ……ハムサンドと……みかんのゼリー、それとアイスコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文を受け、手早く準備に取り掛かる。用意されていた食パンにソースを塗り、冷蔵庫の中から取り出したハケを使って何かを塗ったハムをはさみ、ちぎったレタスを乗せ、食パンで挟み込んで綺麗な三角形にカットしていく。グラスにたっぷりの氷を入れ、サイフォンの中に多めに作られていたコーヒを注ぎ込んだ。
その一連の動作をぼけっと見つめていた私に、彼は高身長の割には小さな頭をこてんと傾げる。
「随分とお疲れのようですね。お昼休憩ですか?」
「はっ! あ、え、っとすみません……。あの、どこかでお会いしたことって……」
「いえ……初めてだと思いますが」
「そ、そうですよねっ! あはは、やだなぁー私ったら」
「どこかですれ違ったのかもしれませんね」
同じ米花町に住み、近辺を出歩くことがあれば見かけたこともあるだろう。彼の言う通りだ。それに、芸能人並に顔の整っている彼と会って話したことがあれば忘れるはずがない。やはり私の思い違いだった。途端に羞恥心が込み上げてきて、顔がみるみる内に熱くなる。穴があったら潜り込みたいくらいだ。
私と彼との間に気まずい空気が流れ、当然会話も続かない。まだお目当てだったハムサンドを食べられていないが今すぐにでも帰りたい。居心地の悪さを誤魔化そうと、深く息を吐いた時だった。
「あっれー! 久しぶりじゃない」
しらけてしまった空気を変えたのは、年が一個上ということもあってすぐに仲良くなった梓ちゃんだった。私の名前を呼びながら、親しげに話し掛けてくる梓ちゃんの様子を見た安室さんは「お知り合いでしたか」とにっこり笑った。
「あ、梓ちゃん久しぶり……。ごめんね、最近来れてなくて」
安室さんは再び私の食事の準備に取り掛かったが、梓ちゃんは抱えていた小麦粉と砂糖を一度置いて、こちらでやって来る。久しぶりの再会に積もる話もたしかにあるのだが、こちらとしては一刻も早く、提供された料理を食べてこの場から立ち去りたい。腕時計の時間を確認してみるとお昼休憩はあと40分程。移動時間を考慮すれば30分足らずといったところだろう。
「お待たせしました」
ことっ、と小さな音を立てて机の上に置かれた白いお皿の上に乗っているのは、楽しみにしていたハムサンド。脇に少しポテトチップスが乗っていて、以前来たときと盛り付け方が微妙に違う。口の中に広がる風味は、記憶していた味とは違うような気がした。
「あの、レシピ変えました?」
「そうなの。実は安室さんが来てからレシピの変更をしたメニューがいくつもあってね。その中でも一番人気がこちらのハムサンドです」
梓ちゃんが前の席に腰掛け、にこにこと笑いながら私の食べる様子を見つめている。ぱくぱくと残りを平らげ、ごくりと一気に飲み込んだ。
「お口に合いませんでしたか?」
「とんでもない! 前のももちろん美味しかったですけど、これも凄く美味しいです!」
「それはよかった。これからもご贔屓にして頂けると嬉しいです」
私の口から感想が聞くことができ、満足したのか安室さんはその場から一度離れ、午後にたくさん出るというケーキ作りを始めた。お昼過ぎの時間帯に喫茶店を訪れるお客さんは少なく、私を含め三人しかない。取引先とのアポイントの合間に利用しているのかコーヒー一杯を頼みパソコンを開いているサラリーマン。それから文庫本を片手に、ケーキと紅茶を頼んでいる中年女性。店内には心地良いオルゴール曲が流れていた。
「席、少し増やしたんだね」
「そうなのよ。安室さんが来てから女性客が多くてね。お昼前は子どもを幼稚園に送った後の専業主婦に、夕方から夕飯時までは学校帰りの女子高生。前までの配置じゃ席が足りなくって……。少し狭くなちゃったけど、机と椅子を慌てて追加したの」
「でも、あれは確かに世の中の女が夢中になるわけだわー」
ストローを咥えて残り少なくなってきたアイスコーヒーを一気に飲み干すと、小さくこぽこぽと音を立てた。腕時計に示された時間は休憩時間を残すこと10分。
「ご馳走様でした。また来るね」
紙ナフキンで手と口元を簡単に拭い、荷物をまとめる。その間に梓ちゃんは、空いた皿をまとめて机の上をダスターで丁寧に拭いていた。
「お粗末様でした。うん、待ってる」
会計を済ませて財布をカバンの中に入れ、お店を出ようとドアに手をかける。その時、ふいに横から伸びてきた腕に驚いて、小さく肩が跳ねた。
「す、すいません……」
「いいえ。またのご来店をお待ちしております」
お手本のような笑顔を向けられ、思わず固まってしまっている間に安室さんはドアを開けてくれ帰り道をエスコートしてくれる。
――こんなサービス、この喫茶店には無かったはずなのに!
一部の界隈に人気の執事喫茶や、美容室、テレビで見ただけの知識ではあるがホストクラブのようなお店を連想してしまい、無意識に口がわなわなと震える。安室さんが不思議そうな顔をしているのが目に入り、また「どうしかしましたか?」と声を掛けられる前に意識を取り戻して彼の横を通り抜けた。
「ご、ごちそうさまでしたっ!」
ペコリ、と小さく頭を下げ口早にお礼を言い、その場を後にする。つい口元が緩んでだらしない表情になってしまうのを隠すために目深に帽子を被り、足早に交番を目指す。ドキドキと心臓が高鳴り胸が躍る。落ち着かない高揚感を誤魔化すために、気が付けば早歩きから駆け足へと変わっていた。