【DC】恋するおまわりさん【安室透/降谷零】休止中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
金曜日の夜勤出勤はいつも憂鬱だ。重いため息を吐きながら出勤すると案の定バタバタと人が駆け回っていた。引継ぎもままならないような状態の同僚に手短に挨拶をして、すぐに準備を整える。制服を着ている最中にも関わらず、切羽詰まった声が私を呼んだ。大きな返事を返し、身なりを整えている時間も勿体無いと、少々みっともないがワイシャツのボタンを閉めながら更衣室を後にした。
「いつもの酔っ払いの喧嘩だ」
上司から渡された小さなメモにはお店の場所と用件が書かれている。交番から走って数分程度の場所にあるその店はよくあるチェーン店の居酒屋で、安さを売りにしており学生から年配の方まで幅広い年代の人達が利用している。私もよく利用するお店なので、あまり悪いことは言いたくないけれどこういった問題が起きやすいのは難点だと思う。
すぐに夜勤当番の同僚と共に現場に急行すれば、いつも綺麗にモップ掛けしてあった床はお酒でびしょびしょに濡れてしまい、乾いた所を歩けば靴の裏がペタペタと床に張り付いた。お店の人が他のお客さんを既に避難させていたようで、店内には争いを止めようとしない40代前半の男と30代半ばの男が暴れているだけだ。グラスが割れ、机の上の料理も滅茶苦茶、止めようとした店長が割れたジョッキを投げつけられ負傷。酔っ払いの喧嘩はよくあることだが、今回は稀にみない程酷い有様である。
危ないから下がっていろ、と同僚に言われ、いつもなら言い返す場面ではあるが大人しく従ってしまう。同僚が男性達に説得を試みている中、私は店長の怪我の具合を診ながら事情聴取にあたった。幸いにも店長の怪我は頭部の切り傷のみで、血も止まっている。頭への打撲なので念の為病院に行くように促し、他の店員から事情を聞くことにした。
原因は些細なことだったと言う。30代半ばと見られる男性が手にグラスを持ったまま歩き出したかと思えば、40代前半の男性の足に躓き転倒。男のスーツへお酒が零れてしまったそうだ。クリーニング代を払え。お前が足を出していたから転んだんだ。怒鳴り声が飛び交う中、ついに暴力沙汰へと発展。
「先に手を出したのは40代男性……と」
「それからずっとこの調子ですよ。止めに入った店長にもジョッキ投げてくるもんだから、俺らも手出しできなくて」
「ありがとうございます。今はとにかく、彼らを落ち着かせて署まで同行してもらいます。また後日事情聴取させて頂きますが、先程と同じように応えて頂ければ結構です」
聞いた話をメモした手帳を胸ポケットに仕舞い込み、同僚と男性達へ目を向ける。私達警察が来たことによって、少しだけ落ち着いたかのように見えるが、まだ怒りは静まっていないようだ。ほんの少しの火種が生まれれば一瞬にして燃え広がってしまいそうな雰囲気に、同僚一人だけでは大変だろうと彼らの元へと向かう。興奮した様子の30代半ばの男を抑え込んでる同僚は、私を見ると眉間に寄せていた皺を更に深くさせた。
「事情聴取と応援要請はもう済ませました……。一先ず、貴方達のお話しも聞かせてください」
「ったく……。お前がすみませんでした、って一言謝ってクリーニング代を出せば済む話だったのに」
「はぁ? テメーが足なんか出してるのがいけないんだろ」
それなりに年を重ねているだけあって、落ち着きを取り戻していた40代前半の男も再び起こった口論で火を点けてしまった。慌てて警察学校時代に基本を習った柔道の技で抑え込むが、相手は私よりも頭一つ分背が高く力も強い。体重をかけても気休め程度にしかならず、彼は私を払い退けて男に掴みかかった。すかさず間に入った同僚に見向きもせずにだ。
「大人しくしないと手錠掛けて拘束しますよ!」
「うっせぇな! 黙ってろ!」
こうなったら強硬手段だ。腰につけていたウエストポーチから手錠を取り出し、いつまでたっても落ち着かない男二人を拘束しようと私も二人の間に入った時だ。どちらの腕かは分からない。私が掴んだ腕を払い退けようとした男の肘が私の顔面を直撃し、その痛みに思わずしゃがみ込んで悶絶してしまった。
じんじんと熱を持ち痛みを訴え始めるのは鼻で、反射的に患部を覆った手には生温かい真っ赤な血がついている。じわじわと浮かんでくる涙は生理的なもので、泣いちゃだめだと自分に言い聞かせても全く止まろうとしない。私の顔面に肘鉄をくらわせたことで、呆気に取られた男二人はすぐに同僚によって拘束された。
「おい大丈夫か⁉」
「だ、だいじょうぶ、です……」
机の上にあったおしぼりを咄嗟に手に取り鼻に当てる。私に肘鉄をくらわせた男は30代半ばの男のようで、酔いも怒りもどこかへ吹っ飛んでしまったのか、すぐに謝ってきてくれた。彼にこれ以上心配かけまいと、ズキズキと痛む鼻をどうにか誤魔化し、「大丈夫ですよ」とにっこりと笑う。
ようやく場が収束した丁度その時、外からパトカーのサイレンの音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。はっと顔を上げると、心配そうに私を覗き込む二つの顔。
「悠月お姉ちゃん大丈夫……?」
「コ、コナンくんと……安室さん? どうしてここに……」
「うわっ……痛そー……」
よく見ると彼らの後ろには顔を真っ赤に染めた毛利探偵の姿が見える。
「毛利先生と一緒に夕飯を食べていた帰りだったんです。そしたら何やら騒ぎがあったものですから」
店員さんが持ってきてくれた氷と水が入った袋を受け取った安室さんは、それをタオルに包むと真っ赤に染まったおしぼりに手をかけた。
「あ、待ってください安室さん。汚いですからっ」
「気にしないでください。鼻、触りますね」
新しいおしぼりで私の鼻をつまみ、その上からタオルに包まれた氷嚢を当ててくれた安室さんに、小さくお礼を言う。
「下、向いていてください」
嫌な顔一つしない彼の手付きがあまりにスムーズで、少しだけびっくりしてしまう。数分程圧迫を続け、ようやくおしぼりを手に小鼻をつまんでいた安室さんの手が離れた。もう大丈夫です、と氷嚢を受け取ろうと手を伸ばすが、彼は一向にそれを渡そうとしない。
「あの、安室さん? もう大丈夫ですよ」
「体を冷やすのは良くないですよ。折角だから甘えてください。いつも頑張っているのだから。今日だって、貴女が無理していく必要なんて……」
「……それって私が女だからですか?」
安室さんが凄く優しい人だってことは、今回の件もそうだけど先日のレイちゃん捜索の時にも思った。女性に親切で紳士的。この世の女の子なら誰でも胸をときめかせるような行動だ。とても素敵な人だってこと、私にだって分かる。けど、男の人ばかりの職場で働く私にとって女の子扱いは、あまり気持ちの良いものではない。
「安室さんがこんなに手を冷やすことないです」
氷嚢を持ち続けていた安室さんの手に触れると、思っていた以上にひんやりと冷たくなってしまっている。怪我をしたのは自己責任なのに手当までしてもらってしまった。彼の手から氷嚢を奪い取るように力を込めるが、さっきとは違って彼の手には力が入っていない。想像していたよりも簡単に目的の物を手にすることができ、自分の言った言葉を思い出す。親切にしてもらったのに、あの返し方はないのではないだろう。
「あっ……ご、ごめんなさい。そのっ……」
「いえ、僕も考え無しにすみませんでした。嫌、でしたよね……。僕が気にしてないとは言え、悠月さんの気持ちを無視してしまった」
「謝らないでください……。手当ありがとうございました。こういうの慣れてるんですね」
「男の子はよく鼻血を出す生き物ですからね。僕も子どもの頃よく出していて……。喧嘩する度に手当してくれた先生に応急処置は一通り教えてもらってたんです」
「安室さんが喧嘩……」
「お恥ずかしい話ですが昔は少々ヤンチャしてまして……」
氷嚢をどかしてみても血が出てくる気配は無い。キンキンに冷え切った鼻先はちょんちょんと触れてみても感触が麻痺していて痛みがよく分からなかった。
――あ、しまった。絶対血で汚れてる……っ。
すぐ目の前で心配そうに私の顔を見ている安室さんに見られまいと咄嗟に鼻を手で覆い隠す。さすが探偵といったところか。そんな私の反応を見ただけで安室さんは、手に持っていたおしぼりで顔を拭おうとしてくれた。
「あっ……ご自分でやった方がいいですよね……」
さっきの事を気にしての対応なのか、安室さんは鏡の代わりになるような物が周りに無いか辺りを見渡した。私も一緒になって探してみるが、生憎そんな物は見当たらない。どうしましょうか、と困った瞳を見せる彼がどうにもしょぼんと気を落とす子犬のように見えてきた。うっ……と思わず小さな呻き声が出そうになるのを堪えて、視線を逸らして恐る恐る覆い隠していた鼻先から口元を曝け出す。
――あぁ……本当に恥ずかしい。
「お手を煩わせてしまい大変恐縮なのですが……その、拭いてもらってもよろしいでしょうか……」
ぼそぼそと小さな声でそう言えば、彼は二つ返事で丁寧に私の顔を拭い始めた。時折「痛くないですか?」と私に問いかけてくるが、あまりにも優しい手付きに、むしろちゃんと拭えているのだろうかと逆に心配になってしまう。とは言ってもまた痛み出しそうな鼻をゴシゴシと拭いてください、とも言えず何だか少しだけもどかしい気分だ。
手当をしてもらっている間に男性達を連行、一通りの処理を終えた同僚が私の元へ戻ってくる頃には、顔に付いていた血は安室さんの手によって綺麗に拭われた。「もう大丈夫ですよ」とおしぼりを机の上に置いた安室さんにお礼を言えば、にっこりと笑って「とんでもない」と返す。誰からも好かれる好青年の笑顔とはこういうものだ、としかめ面の同僚を見上げて思う。
「すみません……。後処理とか……」
「気にするな。それより、お前も一応病院に行ってこい」
「え、でも報告書とか……」
「んなもん後で大丈夫だ。真っ赤なお鼻のトナカイさんじゃあるまいし、骨に異常があった方が困るから行ってこい」
有無を言わせない命令口調にしぶしぶ頷く。安室さんに差し出された手に素直に甘えてゆっくり立ち上がると、一瞬目の前が暗くなった。その際に体が少しふらついてしまったようだ。「大丈夫ですか?」と安室さんに体を支えられた。
「すみません、大丈夫です。普段から立ちくらみが多い体質で……」
「病院まで送って行きますよ。幸いにもお酒は飲んでませんし、車もこの近くに止めてあるんです。そこの大通りで待っていてください」
そう言うと、彼は私の返事を待たずに店の外へと駆け出して行ってしまった。安室さんを止めようと伸ばした手は役目を果たすことなく行き場を失ってしまって、ぽつんと取り残された私は肩を落とすことしかできなかった。
店内の清掃作業に入りだした店員さん達の邪魔にならないよう、氷嚢のお礼と簡単に挨拶を澄ませて退出する。もう夜も遅いから、と帰宅を促されていた毛利先生とコナンくんの背中を見つけて声を掛けた。
「悠月お姉ちゃん、お大事にね」
「ありがとう。毛利先生もお騒がせ致しました」
「いやいや、大事にならずによかった。もう少し早ければこの毛利小五郎が……!!」
「ほら、おじさん。帰るよ! じゃあねっ、悠月お姉ちゃん」
少しだけ足元のおぼつかない毛利先生の話が長くなりそうなのを感知したコナンくんが、彼の手を取り帰路を急ぐ。彼等の背中が人混みに紛れ込み、やがて見えなくなったのを確認すると目の前に白のスポーツカーが停止した。
まさか、と思って車内を覗き込んでみると運転席には安室さんが座っており、車が来ていないのを確認してから降りると、わざわざ助手席側まで回り込んでドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「安室さん……随分と、その、珍しい車乗ってるんですね……」
「たしかに、あまり見かけないですね」
見慣れないスポーツカーを目の前に、目を点にしていた私を見て安室さんは小さく笑う。エスコートされるがままに乗り込んでみると、いつも乗り慣れているような一般乗用車とは違い随分と車高が低く、何だか乗り心地に違和感を覚えた。
「いつもの酔っ払いの喧嘩だ」
上司から渡された小さなメモにはお店の場所と用件が書かれている。交番から走って数分程度の場所にあるその店はよくあるチェーン店の居酒屋で、安さを売りにしており学生から年配の方まで幅広い年代の人達が利用している。私もよく利用するお店なので、あまり悪いことは言いたくないけれどこういった問題が起きやすいのは難点だと思う。
すぐに夜勤当番の同僚と共に現場に急行すれば、いつも綺麗にモップ掛けしてあった床はお酒でびしょびしょに濡れてしまい、乾いた所を歩けば靴の裏がペタペタと床に張り付いた。お店の人が他のお客さんを既に避難させていたようで、店内には争いを止めようとしない40代前半の男と30代半ばの男が暴れているだけだ。グラスが割れ、机の上の料理も滅茶苦茶、止めようとした店長が割れたジョッキを投げつけられ負傷。酔っ払いの喧嘩はよくあることだが、今回は稀にみない程酷い有様である。
危ないから下がっていろ、と同僚に言われ、いつもなら言い返す場面ではあるが大人しく従ってしまう。同僚が男性達に説得を試みている中、私は店長の怪我の具合を診ながら事情聴取にあたった。幸いにも店長の怪我は頭部の切り傷のみで、血も止まっている。頭への打撲なので念の為病院に行くように促し、他の店員から事情を聞くことにした。
原因は些細なことだったと言う。30代半ばと見られる男性が手にグラスを持ったまま歩き出したかと思えば、40代前半の男性の足に躓き転倒。男のスーツへお酒が零れてしまったそうだ。クリーニング代を払え。お前が足を出していたから転んだんだ。怒鳴り声が飛び交う中、ついに暴力沙汰へと発展。
「先に手を出したのは40代男性……と」
「それからずっとこの調子ですよ。止めに入った店長にもジョッキ投げてくるもんだから、俺らも手出しできなくて」
「ありがとうございます。今はとにかく、彼らを落ち着かせて署まで同行してもらいます。また後日事情聴取させて頂きますが、先程と同じように応えて頂ければ結構です」
聞いた話をメモした手帳を胸ポケットに仕舞い込み、同僚と男性達へ目を向ける。私達警察が来たことによって、少しだけ落ち着いたかのように見えるが、まだ怒りは静まっていないようだ。ほんの少しの火種が生まれれば一瞬にして燃え広がってしまいそうな雰囲気に、同僚一人だけでは大変だろうと彼らの元へと向かう。興奮した様子の30代半ばの男を抑え込んでる同僚は、私を見ると眉間に寄せていた皺を更に深くさせた。
「事情聴取と応援要請はもう済ませました……。一先ず、貴方達のお話しも聞かせてください」
「ったく……。お前がすみませんでした、って一言謝ってクリーニング代を出せば済む話だったのに」
「はぁ? テメーが足なんか出してるのがいけないんだろ」
それなりに年を重ねているだけあって、落ち着きを取り戻していた40代前半の男も再び起こった口論で火を点けてしまった。慌てて警察学校時代に基本を習った柔道の技で抑え込むが、相手は私よりも頭一つ分背が高く力も強い。体重をかけても気休め程度にしかならず、彼は私を払い退けて男に掴みかかった。すかさず間に入った同僚に見向きもせずにだ。
「大人しくしないと手錠掛けて拘束しますよ!」
「うっせぇな! 黙ってろ!」
こうなったら強硬手段だ。腰につけていたウエストポーチから手錠を取り出し、いつまでたっても落ち着かない男二人を拘束しようと私も二人の間に入った時だ。どちらの腕かは分からない。私が掴んだ腕を払い退けようとした男の肘が私の顔面を直撃し、その痛みに思わずしゃがみ込んで悶絶してしまった。
じんじんと熱を持ち痛みを訴え始めるのは鼻で、反射的に患部を覆った手には生温かい真っ赤な血がついている。じわじわと浮かんでくる涙は生理的なもので、泣いちゃだめだと自分に言い聞かせても全く止まろうとしない。私の顔面に肘鉄をくらわせたことで、呆気に取られた男二人はすぐに同僚によって拘束された。
「おい大丈夫か⁉」
「だ、だいじょうぶ、です……」
机の上にあったおしぼりを咄嗟に手に取り鼻に当てる。私に肘鉄をくらわせた男は30代半ばの男のようで、酔いも怒りもどこかへ吹っ飛んでしまったのか、すぐに謝ってきてくれた。彼にこれ以上心配かけまいと、ズキズキと痛む鼻をどうにか誤魔化し、「大丈夫ですよ」とにっこりと笑う。
ようやく場が収束した丁度その時、外からパトカーのサイレンの音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。はっと顔を上げると、心配そうに私を覗き込む二つの顔。
「悠月お姉ちゃん大丈夫……?」
「コ、コナンくんと……安室さん? どうしてここに……」
「うわっ……痛そー……」
よく見ると彼らの後ろには顔を真っ赤に染めた毛利探偵の姿が見える。
「毛利先生と一緒に夕飯を食べていた帰りだったんです。そしたら何やら騒ぎがあったものですから」
店員さんが持ってきてくれた氷と水が入った袋を受け取った安室さんは、それをタオルに包むと真っ赤に染まったおしぼりに手をかけた。
「あ、待ってください安室さん。汚いですからっ」
「気にしないでください。鼻、触りますね」
新しいおしぼりで私の鼻をつまみ、その上からタオルに包まれた氷嚢を当ててくれた安室さんに、小さくお礼を言う。
「下、向いていてください」
嫌な顔一つしない彼の手付きがあまりにスムーズで、少しだけびっくりしてしまう。数分程圧迫を続け、ようやくおしぼりを手に小鼻をつまんでいた安室さんの手が離れた。もう大丈夫です、と氷嚢を受け取ろうと手を伸ばすが、彼は一向にそれを渡そうとしない。
「あの、安室さん? もう大丈夫ですよ」
「体を冷やすのは良くないですよ。折角だから甘えてください。いつも頑張っているのだから。今日だって、貴女が無理していく必要なんて……」
「……それって私が女だからですか?」
安室さんが凄く優しい人だってことは、今回の件もそうだけど先日のレイちゃん捜索の時にも思った。女性に親切で紳士的。この世の女の子なら誰でも胸をときめかせるような行動だ。とても素敵な人だってこと、私にだって分かる。けど、男の人ばかりの職場で働く私にとって女の子扱いは、あまり気持ちの良いものではない。
「安室さんがこんなに手を冷やすことないです」
氷嚢を持ち続けていた安室さんの手に触れると、思っていた以上にひんやりと冷たくなってしまっている。怪我をしたのは自己責任なのに手当までしてもらってしまった。彼の手から氷嚢を奪い取るように力を込めるが、さっきとは違って彼の手には力が入っていない。想像していたよりも簡単に目的の物を手にすることができ、自分の言った言葉を思い出す。親切にしてもらったのに、あの返し方はないのではないだろう。
「あっ……ご、ごめんなさい。そのっ……」
「いえ、僕も考え無しにすみませんでした。嫌、でしたよね……。僕が気にしてないとは言え、悠月さんの気持ちを無視してしまった」
「謝らないでください……。手当ありがとうございました。こういうの慣れてるんですね」
「男の子はよく鼻血を出す生き物ですからね。僕も子どもの頃よく出していて……。喧嘩する度に手当してくれた先生に応急処置は一通り教えてもらってたんです」
「安室さんが喧嘩……」
「お恥ずかしい話ですが昔は少々ヤンチャしてまして……」
氷嚢をどかしてみても血が出てくる気配は無い。キンキンに冷え切った鼻先はちょんちょんと触れてみても感触が麻痺していて痛みがよく分からなかった。
――あ、しまった。絶対血で汚れてる……っ。
すぐ目の前で心配そうに私の顔を見ている安室さんに見られまいと咄嗟に鼻を手で覆い隠す。さすが探偵といったところか。そんな私の反応を見ただけで安室さんは、手に持っていたおしぼりで顔を拭おうとしてくれた。
「あっ……ご自分でやった方がいいですよね……」
さっきの事を気にしての対応なのか、安室さんは鏡の代わりになるような物が周りに無いか辺りを見渡した。私も一緒になって探してみるが、生憎そんな物は見当たらない。どうしましょうか、と困った瞳を見せる彼がどうにもしょぼんと気を落とす子犬のように見えてきた。うっ……と思わず小さな呻き声が出そうになるのを堪えて、視線を逸らして恐る恐る覆い隠していた鼻先から口元を曝け出す。
――あぁ……本当に恥ずかしい。
「お手を煩わせてしまい大変恐縮なのですが……その、拭いてもらってもよろしいでしょうか……」
ぼそぼそと小さな声でそう言えば、彼は二つ返事で丁寧に私の顔を拭い始めた。時折「痛くないですか?」と私に問いかけてくるが、あまりにも優しい手付きに、むしろちゃんと拭えているのだろうかと逆に心配になってしまう。とは言ってもまた痛み出しそうな鼻をゴシゴシと拭いてください、とも言えず何だか少しだけもどかしい気分だ。
手当をしてもらっている間に男性達を連行、一通りの処理を終えた同僚が私の元へ戻ってくる頃には、顔に付いていた血は安室さんの手によって綺麗に拭われた。「もう大丈夫ですよ」とおしぼりを机の上に置いた安室さんにお礼を言えば、にっこりと笑って「とんでもない」と返す。誰からも好かれる好青年の笑顔とはこういうものだ、としかめ面の同僚を見上げて思う。
「すみません……。後処理とか……」
「気にするな。それより、お前も一応病院に行ってこい」
「え、でも報告書とか……」
「んなもん後で大丈夫だ。真っ赤なお鼻のトナカイさんじゃあるまいし、骨に異常があった方が困るから行ってこい」
有無を言わせない命令口調にしぶしぶ頷く。安室さんに差し出された手に素直に甘えてゆっくり立ち上がると、一瞬目の前が暗くなった。その際に体が少しふらついてしまったようだ。「大丈夫ですか?」と安室さんに体を支えられた。
「すみません、大丈夫です。普段から立ちくらみが多い体質で……」
「病院まで送って行きますよ。幸いにもお酒は飲んでませんし、車もこの近くに止めてあるんです。そこの大通りで待っていてください」
そう言うと、彼は私の返事を待たずに店の外へと駆け出して行ってしまった。安室さんを止めようと伸ばした手は役目を果たすことなく行き場を失ってしまって、ぽつんと取り残された私は肩を落とすことしかできなかった。
店内の清掃作業に入りだした店員さん達の邪魔にならないよう、氷嚢のお礼と簡単に挨拶を澄ませて退出する。もう夜も遅いから、と帰宅を促されていた毛利先生とコナンくんの背中を見つけて声を掛けた。
「悠月お姉ちゃん、お大事にね」
「ありがとう。毛利先生もお騒がせ致しました」
「いやいや、大事にならずによかった。もう少し早ければこの毛利小五郎が……!!」
「ほら、おじさん。帰るよ! じゃあねっ、悠月お姉ちゃん」
少しだけ足元のおぼつかない毛利先生の話が長くなりそうなのを感知したコナンくんが、彼の手を取り帰路を急ぐ。彼等の背中が人混みに紛れ込み、やがて見えなくなったのを確認すると目の前に白のスポーツカーが停止した。
まさか、と思って車内を覗き込んでみると運転席には安室さんが座っており、車が来ていないのを確認してから降りると、わざわざ助手席側まで回り込んでドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「安室さん……随分と、その、珍しい車乗ってるんですね……」
「たしかに、あまり見かけないですね」
見慣れないスポーツカーを目の前に、目を点にしていた私を見て安室さんは小さく笑う。エスコートされるがままに乗り込んでみると、いつも乗り慣れているような一般乗用車とは違い随分と車高が低く、何だか乗り心地に違和感を覚えた。