【DC】恋するおまわりさん【安室透/降谷零】休止中
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結局、帰路を探してみてもレイちゃんは見付からず、翌日の昼休憩の時間を返上することになってしまった。まだ梅雨も来ていないというのに、今日は朝から酷く暑い。天気予報で告げられた最高気温は思わず夏を連想してしまうような気温だったのを覚えている。
日が高く昇り、気温もぐんぐんと上昇している。額に滲んだ汗を拭い、帽子を取ると中で蒸れていた頭皮に外気がスーっとしみて、僅かながらに爽快感を感じた。ジリジリと肌を焦がす太陽を見上げ、憎らしげに目を細める。
パトロール前に日焼け止めを塗ったのだが、これはもう効果が無いだろう。所長に許可を取り、パトロールからそのままレイちゃん搜索に当たったが、一度交番に戻って日焼け止めを塗り直すべきだった。時計の形に日焼けをしてしまわないように外しておいた腕時計をポケットの中から取り出し、現在の時間を確認してみると、昼休憩が終わるまではあと10分程だ。
「げっ……」
――そろそろご飯食べないと。
思っていたよりも時間が経っていた事に驚き、小さく声が漏れる。周りを見渡してみても、駅からだいぶ離れた住宅街の公園近くではコンビニやスーパーは見つけられない。急いで戻り、昼食を買って交番に戻らなければお昼ご飯まで返上してしまうことになる。慌てて自転車のハンドルを掴んだ時だった。
「にゃー……」
すぐ近くの道路を走る車のエンジン音に掻き消されてしまうくらい、小さな小さな鳴き声だった。よく耳を澄ますと、小さな猫の鳴き声が聞こえる。耳を澄ませてその鳴き声の方へ向かうと、大きな木に辿り着いた。まさか、と思いつつも木を見上げ目を凝らしてみると、木の枝や葉っぱの陰に小さな陰が見えた。グレー色のトラ猫。間違いない、レイちゃんだ。綺麗に折りたたまれたA4サイズの捜索願いの紙を広げて確認してみると、特徴はしっかり一致している。
「レイちゃん?」
優しく呼び掛けてみると、「そうだよ」とでも言うかのように小さく鳴いて返事を返してくれた。
「なーんでそんな所に登っちゃったのよー」
みーみー、不安そうな声を出しながらじっとしているレイちゃんに声を掛けながら木の状態を確認する。太めの枝がレイちゃんをしっかりと支えているが、少しでも動けば落ちてしまいそうだ。高さは3メートル程だろうか。交番から脚立を持ってくるのも手ではあるが、木の幹を見れば窪みに足をかければ何とかレイちゃんの所までは登れそうだ。
「レイちゃん、もう大丈夫よ。今助けてあげるからじっとしててね」
にっこり笑い、いざレイちゃん救出へ! と木の幹にある窪みに足をかけた時だった。
「何をしてるんですか?」
「えっ、あ、安室さんっ!?」
後ろから掛けられた声に咄嗟に振り返ると、そこに立っていたのは不思議そうな顔をしていた安室さんだった。
「あぁ……降りれなくなちゃったんですね」
安室さんは、私の目線の先にいたレイちゃんの姿を見つけると
「困った子ですね」と小さく笑った。それから手に持っていた紙袋を、私に半ば押し付けるような形で渡してきた。
「え、安室さん? こ、これ……」
「女の子が木登りなんて危ないですよ。僕が代わりに登りますから、それ持っててください。というより、貴女の物なんですが」
開けてみてください、という彼の指示に従い、紙袋の口を開いてみる。少し熱を帯びていた正体は、作りたてのハムサンドだ。ふわりと香るパンの香りに、小さく腹の虫が鳴く。途端に食欲が出てきて、口内はハムサンドの味を思い出したのか唾液がじゅわっと分泌された。
なんで、と聞く前に彼は身軽な動きで木を登っていく。私が見上げた頃には、とっくにレイちゃんの元へ辿りついていて、優しくネコを抱き寄せているところだった。
「あ、安室さんっ、大丈夫ですか?」
「えぇ、ちょっとそこ離れてください」
言われた通りに、木の真下から離れようと一歩二歩と後ろへ下がる。何をするつもりなのかと思えば、安室さんはレイちゃんをしっかりと抱え一気に飛び降りたのだ。優しい手付きでレイちゃんの体を撫でながら状態を確認している彼に、私の開いた口は塞がらない。
「な、何をしてるんですか! 危ないじゃないですか。怪我でもしたらどうするんです!?」
木の真下には地面から顔を出している太くてしっかりとした根が張っていたり、石ころが転がっていて足場は非常に悪い。びっくりするほど綺麗な着地を決めてみせたが、万が一乗り上げてバランスでも崩したら大変なことになる。市民の安全を守るのも警察官の役目。これを所長に知られたら、また反省文の刑だ。
「でもほら、レイちゃんは無事ですよ」
安室さんに抱きかかえられていたレイちゃんは、そんな私の心情などお構いなしに「にゃー」とそれはもう可愛らしい声で鳴いて、自分の前足を舐めている。悪びれた様子もない安室さんにこれ以上説教をしてみても無駄だと感じた私は、がっくりと肩を落として深くため息を吐いた。とりあえず交番で保護して、あの男の子の家族に連絡をしなければいけない。
「ほら悠月さん、それ冷めないうちに召し上がってください」
手に持っていた紙袋を指さされ「あっ」と小さく声を上げる。
「あの、どうして……?」
「梓さんと話してたんですよ。今日は当番のはずなのに、いつもの時間に来ないからおかしいな、って。丁度お店のピークも終わっていたので、僕が配達に来たってわけです。そしたら交番にいらした方がまだ戻ってきてない、って言うので」
「それで……ここへ?」
「えぇ。パトロールしていた区域とネコ探しをしているっていう情報だけ聞いて」
「それだけで……」
それだけの情報で、どうして私の居場所が分かったのだろうか。目を丸くさせている私の顔を見て、彼は私が何を言いたいのかも分かったようだ。
「僕、ポアロで働きながら私立探偵もしてるんです。今は毛利先生の弟子として色々勉強させてもらっているところです」
目をぱちくりさせ「そ、そうなんですか……」としか言えずにいる私に、安室さんはハムサンドを食べるように促す。まだ仄かに温かいハムサンドを手に、近くのベンチに腰掛ける。一緒に入れてくれていたウェットティッシュで手を拭いてから、袋の中のハムサンドにかぶりついた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。交番にいた方からご伝言を預かってきました。少し遅れてもいいから昼食だけはきちんと取るように、と」
「ふふっ、所長らしいです」
娘のように時に厳しく、時に優しく、私のことを可愛がってくれる所長の言いつけを守ろうと、ペースを落としよく噛んでから喉に通していく。いつの間にか、近くの自動販売機で小さなペットボトルの緑茶を買ってきてくれた安室さんにお礼を言い、それに口を付ける。ポシェットの中に入れていた小さながま口から千円札を取り出し、「お釣りはいりません」と、それを今度は私が押し付けるような形で渡す。
「お茶代と合わせても多すぎます」
「いいんです、受け取ってください。多い分は、私からのお礼の気持ちと思ってください。あ、返されても受け取りませんからっ! ハムサンドご馳走様でした。美味しかったです」
「お粗末さまです。そこまで言うのなら、受け取っておくことにします」
何を言っても私が譲る気がないことを察したのか、安室さんは困ったように笑いながらその千円札をポケットの中にしっかりとしまった。それを見届けた私は残りのお茶を飲み干し、自動販売機の横に設置してあるゴミ箱へ小走りにゴミを捨てに行った。そこで問題発生だ。レイちゃんを見つけたはいいが、抱っこしながら自転車を押して帰るのは無謀だ。かといって、どっちかを置いて交番に戻るわけにもいかない。どうしよう、と考えながら安室さんの元へ戻ると、困り事が顔に出ていたようだ。
「レイちゃんは僕がこのまま抱っこしています。一緒に交番まで行ってもいいですか?」
「安室さん……お仕事は大丈夫ですか?」
「えぇ、梓さんからの連絡も無いし、もう少しだけなら大丈夫です」
「ありがとうございます。正直凄く助かります」
苦笑いを浮かべ、自転車を急いで持ってきて安室さんの隣に並ぶ。他愛の無い話をしながら交番へ戻り、そこで男の子の母親に電話をする。すぐに引き取りに行きたいのは山々なのだが男の子が学校から帰ってきてから来るとのことだ。それまで交番で保護することになったレイちゃんは、ダンボールで作られた簡易ケージの中に入れることになり、コンビニで購入した猫用の缶詰は残さず綺麗に食べた。
「安室さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、無事に見つかってよかったです。またポアロに来てくださいね。梓さんも悠月さんが来ないと寂しいみたいです」
「ははっ、明日は必ず行くと伝えてください」
それでは、と交番を立ち去りポアロへ戻っていく彼を、姿が見えなくなるまで見守ってから室内に入った時、ふと頭にある疑問が過ぎった。
「あれ……? 私、名乗ったっけ?」