【HQ】そのランプが消えるとき【及川徹】
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バレーで大学に進学することができた二人は、大学生との練習を開始した。合間を縫っては、足りないと高校の方にも顔を出し、後輩たちと練習に励んだ。私は二人が大学に行って練習している間も、部活に顔を出して後輩達の仕事を手伝ったり、先輩としてやれることを後輩達に残した。
あとはバイトを始めた。何かに集中していないと、思い出すからだ。思い出して、また泣きたくなるから。大学生になったら本格的に働きたいと、比較的家からも大学からも通いやすい喫茶店を選んだ。オーナーも先輩達も、皆いい人ばかりだ。
始業式から卒業式までの2ヶ月間。部活に顔を出している時に、徹と会うことはあっても、避けられているようで、ちっとも私と目を合わせようとしてくれないし、話しかけても必要最低限の応答しか返ってこない。恋人どころか、幼馴染にも友達にも戻れなくなっていた。
卒業式の前日、最後の登校日。私は、あの隣のクラスの女の子に呼び出しを受けた。指定された空き教室に向かえば、キラキラとした太陽を背に勝ち誇った笑みを浮かべる彼女が待っていた。
「私、明日徹に告白するから」
正直に驚いた私は、え……と口に出してしまった。それにあからさまに嫌な顔をした彼女は、たぶん学校一モテていた人だ。小動物のように愛らしい彼女は、いろんな人から好かれていた。高校に入学した時から徹を狙っていた、というのを風の噂で聞いた。私がいたから、今まで駄目だったんだ、と。そんな可愛らしい顔が歪むのを見たのは、きっと私だけだろう。
「なに、その反応」
「え……、もう付き合ってるのかと、思ったから……」
「なにそれ、ムカつく」
だって、彼は私にこう言ったんだ。「好きな人ができた。その人と付き合うから分かれてくれ」と。てっきり彼女と付き合っているのかと思った。たしかに、彼女以外の女の子とも仲良くしているし、キスだってする(キスをする、と聞いたのは噂にすぎない)。でも、彼女といるのを一番多く目撃した。
けれど、彼女は納得いかないように表情を歪めるだけだった。
「ずっと、ずっと徹が好きだった。あなたがいるの分かってたけど、それでも諦められなくて、少しでも可愛いって思ってもらえるようになりたくて、でも徹はあなたしか見てなかった」
鈴の音のように澄んだ声は、とても綺麗だ。同性で、同じ相手を想う相手だとしても、声を震わしてその思いを口にする彼女に見惚れてしまう。
「だけど、あなたに負けたくない。だからあなたも、もう一度告白して。五時に別棟の多目的室で」
「悠月―。写真! 写真撮ろう」
卒業式が終わり、違うクラスの子達とも最後の思い出に写真を何枚も撮る。廊下で隣のクラスだった徹に視線を向けると、昔と何も変わらに様子で男友達と話したり、女の子の後輩からのプレゼントを受けっ撮ったり写真を撮ったりしている。
前はこんなに嫉妬なんかしなかった。女の子と写真を撮ろうがプレゼントを受け取ろうが、彼が一番愛してくれてるのは私だって思ってたから。
「悠月。もう打ち上げ行くってよ」
「ねぇ、一。私ってこんなに執着心強かったんだね。あ、独占欲かな」
「はぁ? 今更何言ってんだよ。昔からお前、大事な物は俺らにも触らせようとしないワガママ娘だったろ」
頭を軽く小突かれて「ほら行くぞ」と引かれる腕。小さい頃によく繋いでいた彼の手は私の手をすっぽり包んでしまうくらい大きくなっていた。照れた時に耳を赤く染める癖は小さい頃のままだけど。
「一は何時に帰るの?」
「ボーリングが6時まで。二次会に夕飯がてらカラオケらしいからボーリングだけで帰るわ」
「そっか……」
《私、明日徹に告白する。あなたに負けたくない。だからあなたも、もう一度告白して。》
昨日、彼女に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。私だってまだ徹のことが好きだ。けど、フラれたのに、またしつこくしたらもっと嫌われるんじゃないか、という恐怖が感情を支配する。
「お前は?」
一の低い声が心地よく感じた。徹と比べたら優しさも足りないし、少しぶっきらぼうな声。けど、なんだか今までとは違って柔らかい声色に感じた。
「一と一緒に帰ろうかな……」
「うぇーい!」
「うっわ。岩泉またストライクかよ」
「あいつボーリングも上手いのかよ……チクショー」
男子たちが賭けでもしていたのか悲痛に嘆きながら財布を持って自販機へと向かった。一、ボーリングは昔から得意だもんね。それに比べて私ときたら……。
「ちょっと、またガーター?」
「何度やっても苦手なものは苦手なんだもん! ボールも重いし……。もっと軽いの無いのー?」
小学生の時から岩泉家がボーリングに行くのに、私も徹もよく連れて行ってもらっていたけど、私は一向に上達しなかった。一生懸命やってるともりなんだけどな……。
「悠月。助走は三歩じゃなくて四歩でやってみ。右足からな。あとスイングしたときに脇しめろ」
「え、ちょ……、は、一!?」
「あと投げる時にまっすぐじゃなくて斜めからいれんだよ。ほら、こうやって……3、2、1……」
私の後ろに立って肩を支え、ボールを手に持つ私の手首を掴みながら一緒にスイングして今、と耳元で囁く彼の言葉通りにボールを手から離す。すると、私の手からレーンに転がり落ちたボールはピンの真ん中をとらえ左半分のピンが倒れた。
「おーおー。一緒にやったにしては上出来」
「わぁ! すごい! すごいすごい!!」
この感覚を忘れないうちに、と二本目を投げると右半分のピンも倒れた。人生初のスペアだ。
「私、やっぱやれば出来る子―! 一、なんでもっと早く教えてくれなかったの」
「教えるって言っても「いいっ!」って言ってたの誰だよ」
「うっ……」
「でも上手い上手い。次はストライク狙えよ」
無邪気に笑いながら私の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回すように撫で、軽く小突くように頭を押すと一は自分のレーンに戻って行った。
「岩泉くんってカッコイイよねー」
「分かる! いつも及川くんが隣にいるから霞んじゃうけどさ」
「運動もできるし優しいし!」
同じレーンの子達が一のことを見ながら、きゃっきゃ、きゃっきゃと話に花を咲かせる。やっぱ一もモテるな……。なんて考えていると突然話を振られ、肩がビクッと反応してしまった。
「ねぇ、岩泉くんって彼女いるの? てか今まで付き合ってた人いるの?」
「好みのタイプは?」
「私の知ってる限りじゃいないけど……好みのタイプも分からないや……」
中学の時から何人かの女子に呼び出されてることを知ってるけど、付き合ったことは無いはず。
飲んでいたオレンジジュースが無くなって、新しい物を買いに行こうかと持った時、一が四本の缶ジュースを持ってきてくれて「賭けて買った分。飲みきれないから」と机に置いて行き。また戻っていった。その背中を見て友達はカッコイイとまた賞賛する。
「でも、悠月のこと好きでしょ。及川くんと別れたから今度は岩泉くんが勝負に出てきたんじゃない?」
「えぇ? 別に、一のことそんな風に見たことない……」
昔からそう。ふざける私と徹を叱ったり、何かと世話を焼いてくれる一はどちらかと言うと親や兄みたいな存在で、家族に近いような存在。
思ったよりも早く済んでしまい、時刻は4時半前。5時に学校につくには余裕な時間だった。
「ごめん、私この後用事があるんだ!」
友達に別れを告げ、日が沈み出す中、学校へと向かった。
ちゃんと、もう一度話そう。私のこと嫌いになるようなことがあったのなら、ちゃんと謝ろう。
やけに長く感じた学校までの道のり。バスに揺られ、広い学園内を歩き指定された別棟の多目的室へ。
渡り廊下から別棟へ入ろうと、スクールバッグに入っていた上履きにもう一度履き替えて、ローファーを上履きの入っていた袋に入れて、スクールバッグに無造作に突っ込む。
誰もいない廊下はやけに静かで、外にいる鳥たちの声がはっきりと聞こえた。階段を昇り、三階へ辿りつくと見知った後ろ姿を捉える。
「徹!」
誰もいない廊下では予想以上に声が響いた。あなたは変わってしまった。見かけるたびに隣にいる女の子が違う。彼女がいるのに違う女の子と唇を重ねている。
「なんか用?」
私を見る目は、昔のように温かいものではなく氷のように冷たい。知らない。こんな徹……私は知らない。
「あ、あのね。私たち、もう前みたいには戻れないのかな?」
「はぁ? もう別れただろ。いつまでもウジウジ我儘言ってんじゃねえよ」
「ち、違う! 付き合うよりも前。私と徹と一。前みたいに三人一緒に星見に行ったり遊んだり……」
まるで虫螻やゴミを見るように蔑んだ目で私を見てくる徹。そんな瞳に耐えられずに目線を逸らしながら徹に話しかける。けれど徹は「あのさぁ……」と私の言葉に声を被せてきた。こんなにも徹のことが怖いと思ったのは初めてだ。
バレーに真剣に取り組むときの、あの威圧感に似て非なる雰囲気。不機嫌なのが見て分かった。ピリピリと肌に刺すような威圧感に、私の体は勝手に反応して後ずさりしてしまう。けど徹は一歩一歩確実に私との距離を詰めてきた。
何歩か下がった時、歩幅を大きくして近づいてきた彼との距離は10cmもないくらい。背中と後ろに引いた左足の踵が壁に軽くぶつかると、頭もコツっとコンクリートの壁にぶつかった。逃げ場がないのに、それでもなお距離を詰めてくる徹。
「いい加減子どもじゃないんだから自立しなよ。いつまで俺と岩ちゃんにくっついてくるわけ?」
ジリジリと近づく顔。低い声は温かみを感じない。目を合わせることができなくて顔を背け、なんとか逃げ出そうとすると徹の鍛え上げられた逞しい腕が逃げ場を遮り、反対の手は私の手首を掴んだ。
「悠月。俺らがいるこの世界を当たり前だと思うな。いつもいつも俺たちが助けてくれるって思うな。岩ちゃんがどう思ってるか知らないけど、俺はもう前みたいに戻るつもりはない」
徹は自分の腕を内側へ寄せるとそのまま私の頬に手を添えて、背けていた私の顔を正面に戻した。なんで……。なんで、そんな寂しそうな目をするの。
「悠月もさ。俺のこと忘れて。ちゃんと新しい恋して、優しい彼氏作りな。そうだなぁ……岩ちゃんなんかいいんじゃない?」
「な、んで……そんなこと徹が言うの……。なんで一の名前が出てくるの」
「幸せになってほしいから」
即答だった。顔にかかった髪を避けて、親指で私の唇を、手のひらで頬を、何度も何度も優しく撫でる。徹が私にキスをする前に、いつも欠かさず行う癖のようなもの。ああ、私大事にされてるんだな……。そう思えるこの行為がすごく好き。
「意味、わかんないよ……。なんでそういうこと言うの。私がまだ徹のこと好きなのに! どうして幸せになってほしいとか言うの!?」
一度大きく荒上げた声が廊下を反響する。合間に鳥のさえずりを聞いてから、わかんないよ、とまた小さく溢す。目頭が熱くなり、無意識に鼻を啜る。泣きそうだ、と思った頃にはもう遅くて目頭から涙が溢れた。
徹はその涙を指で拭いながら小さくごめんね、と呟くとふいに唇を重ねてきた。重なった唇は温かくて、啄むように軽く唇を吸われる。優しくて、心が満たされる……私の大好きなキス。
何度も繰り返すごとに深くなる口付け。私の手首を掴んでいた腕は腰へ。頬に当てられていた手は後頭部へと伸びた。そんな彼の行動を拒むどころか受け入れるように、彼の背中と二の腕のブレザーを掴んだ。
もっと私に触れて。もっと、もっと私を求めて――。
そんな思いとは裏腹に、ちゅっ、と今までよりも大きなリップ音が鼓膜を揺らしたかと思うと彼は私から体を離した。
「じゃあね。悠月」
待ってよ。待って。あの子のところに行くの……?
なんでキスしたの。
まだ彼の唇の柔らかさと、温もりが残る唇にそっと触れてみる。不自然に湿った唇。満たされて温かくなっていたはずの心が、一瞬にして冷めた。
あとはバイトを始めた。何かに集中していないと、思い出すからだ。思い出して、また泣きたくなるから。大学生になったら本格的に働きたいと、比較的家からも大学からも通いやすい喫茶店を選んだ。オーナーも先輩達も、皆いい人ばかりだ。
始業式から卒業式までの2ヶ月間。部活に顔を出している時に、徹と会うことはあっても、避けられているようで、ちっとも私と目を合わせようとしてくれないし、話しかけても必要最低限の応答しか返ってこない。恋人どころか、幼馴染にも友達にも戻れなくなっていた。
卒業式の前日、最後の登校日。私は、あの隣のクラスの女の子に呼び出しを受けた。指定された空き教室に向かえば、キラキラとした太陽を背に勝ち誇った笑みを浮かべる彼女が待っていた。
「私、明日徹に告白するから」
正直に驚いた私は、え……と口に出してしまった。それにあからさまに嫌な顔をした彼女は、たぶん学校一モテていた人だ。小動物のように愛らしい彼女は、いろんな人から好かれていた。高校に入学した時から徹を狙っていた、というのを風の噂で聞いた。私がいたから、今まで駄目だったんだ、と。そんな可愛らしい顔が歪むのを見たのは、きっと私だけだろう。
「なに、その反応」
「え……、もう付き合ってるのかと、思ったから……」
「なにそれ、ムカつく」
だって、彼は私にこう言ったんだ。「好きな人ができた。その人と付き合うから分かれてくれ」と。てっきり彼女と付き合っているのかと思った。たしかに、彼女以外の女の子とも仲良くしているし、キスだってする(キスをする、と聞いたのは噂にすぎない)。でも、彼女といるのを一番多く目撃した。
けれど、彼女は納得いかないように表情を歪めるだけだった。
「ずっと、ずっと徹が好きだった。あなたがいるの分かってたけど、それでも諦められなくて、少しでも可愛いって思ってもらえるようになりたくて、でも徹はあなたしか見てなかった」
鈴の音のように澄んだ声は、とても綺麗だ。同性で、同じ相手を想う相手だとしても、声を震わしてその思いを口にする彼女に見惚れてしまう。
「だけど、あなたに負けたくない。だからあなたも、もう一度告白して。五時に別棟の多目的室で」
「悠月―。写真! 写真撮ろう」
卒業式が終わり、違うクラスの子達とも最後の思い出に写真を何枚も撮る。廊下で隣のクラスだった徹に視線を向けると、昔と何も変わらに様子で男友達と話したり、女の子の後輩からのプレゼントを受けっ撮ったり写真を撮ったりしている。
前はこんなに嫉妬なんかしなかった。女の子と写真を撮ろうがプレゼントを受け取ろうが、彼が一番愛してくれてるのは私だって思ってたから。
「悠月。もう打ち上げ行くってよ」
「ねぇ、一。私ってこんなに執着心強かったんだね。あ、独占欲かな」
「はぁ? 今更何言ってんだよ。昔からお前、大事な物は俺らにも触らせようとしないワガママ娘だったろ」
頭を軽く小突かれて「ほら行くぞ」と引かれる腕。小さい頃によく繋いでいた彼の手は私の手をすっぽり包んでしまうくらい大きくなっていた。照れた時に耳を赤く染める癖は小さい頃のままだけど。
「一は何時に帰るの?」
「ボーリングが6時まで。二次会に夕飯がてらカラオケらしいからボーリングだけで帰るわ」
「そっか……」
《私、明日徹に告白する。あなたに負けたくない。だからあなたも、もう一度告白して。》
昨日、彼女に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。私だってまだ徹のことが好きだ。けど、フラれたのに、またしつこくしたらもっと嫌われるんじゃないか、という恐怖が感情を支配する。
「お前は?」
一の低い声が心地よく感じた。徹と比べたら優しさも足りないし、少しぶっきらぼうな声。けど、なんだか今までとは違って柔らかい声色に感じた。
「一と一緒に帰ろうかな……」
「うぇーい!」
「うっわ。岩泉またストライクかよ」
「あいつボーリングも上手いのかよ……チクショー」
男子たちが賭けでもしていたのか悲痛に嘆きながら財布を持って自販機へと向かった。一、ボーリングは昔から得意だもんね。それに比べて私ときたら……。
「ちょっと、またガーター?」
「何度やっても苦手なものは苦手なんだもん! ボールも重いし……。もっと軽いの無いのー?」
小学生の時から岩泉家がボーリングに行くのに、私も徹もよく連れて行ってもらっていたけど、私は一向に上達しなかった。一生懸命やってるともりなんだけどな……。
「悠月。助走は三歩じゃなくて四歩でやってみ。右足からな。あとスイングしたときに脇しめろ」
「え、ちょ……、は、一!?」
「あと投げる時にまっすぐじゃなくて斜めからいれんだよ。ほら、こうやって……3、2、1……」
私の後ろに立って肩を支え、ボールを手に持つ私の手首を掴みながら一緒にスイングして今、と耳元で囁く彼の言葉通りにボールを手から離す。すると、私の手からレーンに転がり落ちたボールはピンの真ん中をとらえ左半分のピンが倒れた。
「おーおー。一緒にやったにしては上出来」
「わぁ! すごい! すごいすごい!!」
この感覚を忘れないうちに、と二本目を投げると右半分のピンも倒れた。人生初のスペアだ。
「私、やっぱやれば出来る子―! 一、なんでもっと早く教えてくれなかったの」
「教えるって言っても「いいっ!」って言ってたの誰だよ」
「うっ……」
「でも上手い上手い。次はストライク狙えよ」
無邪気に笑いながら私の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回すように撫で、軽く小突くように頭を押すと一は自分のレーンに戻って行った。
「岩泉くんってカッコイイよねー」
「分かる! いつも及川くんが隣にいるから霞んじゃうけどさ」
「運動もできるし優しいし!」
同じレーンの子達が一のことを見ながら、きゃっきゃ、きゃっきゃと話に花を咲かせる。やっぱ一もモテるな……。なんて考えていると突然話を振られ、肩がビクッと反応してしまった。
「ねぇ、岩泉くんって彼女いるの? てか今まで付き合ってた人いるの?」
「好みのタイプは?」
「私の知ってる限りじゃいないけど……好みのタイプも分からないや……」
中学の時から何人かの女子に呼び出されてることを知ってるけど、付き合ったことは無いはず。
飲んでいたオレンジジュースが無くなって、新しい物を買いに行こうかと持った時、一が四本の缶ジュースを持ってきてくれて「賭けて買った分。飲みきれないから」と机に置いて行き。また戻っていった。その背中を見て友達はカッコイイとまた賞賛する。
「でも、悠月のこと好きでしょ。及川くんと別れたから今度は岩泉くんが勝負に出てきたんじゃない?」
「えぇ? 別に、一のことそんな風に見たことない……」
昔からそう。ふざける私と徹を叱ったり、何かと世話を焼いてくれる一はどちらかと言うと親や兄みたいな存在で、家族に近いような存在。
思ったよりも早く済んでしまい、時刻は4時半前。5時に学校につくには余裕な時間だった。
「ごめん、私この後用事があるんだ!」
友達に別れを告げ、日が沈み出す中、学校へと向かった。
ちゃんと、もう一度話そう。私のこと嫌いになるようなことがあったのなら、ちゃんと謝ろう。
やけに長く感じた学校までの道のり。バスに揺られ、広い学園内を歩き指定された別棟の多目的室へ。
渡り廊下から別棟へ入ろうと、スクールバッグに入っていた上履きにもう一度履き替えて、ローファーを上履きの入っていた袋に入れて、スクールバッグに無造作に突っ込む。
誰もいない廊下はやけに静かで、外にいる鳥たちの声がはっきりと聞こえた。階段を昇り、三階へ辿りつくと見知った後ろ姿を捉える。
「徹!」
誰もいない廊下では予想以上に声が響いた。あなたは変わってしまった。見かけるたびに隣にいる女の子が違う。彼女がいるのに違う女の子と唇を重ねている。
「なんか用?」
私を見る目は、昔のように温かいものではなく氷のように冷たい。知らない。こんな徹……私は知らない。
「あ、あのね。私たち、もう前みたいには戻れないのかな?」
「はぁ? もう別れただろ。いつまでもウジウジ我儘言ってんじゃねえよ」
「ち、違う! 付き合うよりも前。私と徹と一。前みたいに三人一緒に星見に行ったり遊んだり……」
まるで虫螻やゴミを見るように蔑んだ目で私を見てくる徹。そんな瞳に耐えられずに目線を逸らしながら徹に話しかける。けれど徹は「あのさぁ……」と私の言葉に声を被せてきた。こんなにも徹のことが怖いと思ったのは初めてだ。
バレーに真剣に取り組むときの、あの威圧感に似て非なる雰囲気。不機嫌なのが見て分かった。ピリピリと肌に刺すような威圧感に、私の体は勝手に反応して後ずさりしてしまう。けど徹は一歩一歩確実に私との距離を詰めてきた。
何歩か下がった時、歩幅を大きくして近づいてきた彼との距離は10cmもないくらい。背中と後ろに引いた左足の踵が壁に軽くぶつかると、頭もコツっとコンクリートの壁にぶつかった。逃げ場がないのに、それでもなお距離を詰めてくる徹。
「いい加減子どもじゃないんだから自立しなよ。いつまで俺と岩ちゃんにくっついてくるわけ?」
ジリジリと近づく顔。低い声は温かみを感じない。目を合わせることができなくて顔を背け、なんとか逃げ出そうとすると徹の鍛え上げられた逞しい腕が逃げ場を遮り、反対の手は私の手首を掴んだ。
「悠月。俺らがいるこの世界を当たり前だと思うな。いつもいつも俺たちが助けてくれるって思うな。岩ちゃんがどう思ってるか知らないけど、俺はもう前みたいに戻るつもりはない」
徹は自分の腕を内側へ寄せるとそのまま私の頬に手を添えて、背けていた私の顔を正面に戻した。なんで……。なんで、そんな寂しそうな目をするの。
「悠月もさ。俺のこと忘れて。ちゃんと新しい恋して、優しい彼氏作りな。そうだなぁ……岩ちゃんなんかいいんじゃない?」
「な、んで……そんなこと徹が言うの……。なんで一の名前が出てくるの」
「幸せになってほしいから」
即答だった。顔にかかった髪を避けて、親指で私の唇を、手のひらで頬を、何度も何度も優しく撫でる。徹が私にキスをする前に、いつも欠かさず行う癖のようなもの。ああ、私大事にされてるんだな……。そう思えるこの行為がすごく好き。
「意味、わかんないよ……。なんでそういうこと言うの。私がまだ徹のこと好きなのに! どうして幸せになってほしいとか言うの!?」
一度大きく荒上げた声が廊下を反響する。合間に鳥のさえずりを聞いてから、わかんないよ、とまた小さく溢す。目頭が熱くなり、無意識に鼻を啜る。泣きそうだ、と思った頃にはもう遅くて目頭から涙が溢れた。
徹はその涙を指で拭いながら小さくごめんね、と呟くとふいに唇を重ねてきた。重なった唇は温かくて、啄むように軽く唇を吸われる。優しくて、心が満たされる……私の大好きなキス。
何度も繰り返すごとに深くなる口付け。私の手首を掴んでいた腕は腰へ。頬に当てられていた手は後頭部へと伸びた。そんな彼の行動を拒むどころか受け入れるように、彼の背中と二の腕のブレザーを掴んだ。
もっと私に触れて。もっと、もっと私を求めて――。
そんな思いとは裏腹に、ちゅっ、と今までよりも大きなリップ音が鼓膜を揺らしたかと思うと彼は私から体を離した。
「じゃあね。悠月」
待ってよ。待って。あの子のところに行くの……?
なんでキスしたの。
まだ彼の唇の柔らかさと、温もりが残る唇にそっと触れてみる。不自然に湿った唇。満たされて温かくなっていたはずの心が、一瞬にして冷めた。
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