姉貴えれじぃ
しかし、目の前の〔弟代表〕は、お茶を片手にしみじみと言った。
「でもな、時々思うんだ。もしオレが、姉貴にとって弟じゃなくて、妹とか兄貴とかだったら、ここまでこき使われることは無かったんじゃねえかと」
それに〔もう1人の弟〕が「あぁ、それは確かに」と賛同する。
「僕らが双子だからかもしれないけど、アガタは兄上にはそれなりの敬意を払ってるらしくて、多少の無茶は言っても色々面倒なことを押しつけたりしないし、言われたことには素直に従うんだ。
ところが、僕に対しては遠慮もなければ配慮もない。同じ兄弟でも、なんでこんなに違うのかとは思ってたよ」
「だろ?うちの姉貴だって、親戚の兄ちゃんとか親とかには、それなりに丁寧に対応してるぜ?いや、他人には猫被ってるってのが、正しいのかもしれねえが…」
うんうん、と頷き合う彼らの間に、ロナルドは割り入ることができなかった。
「(なんなんだ、この愚痴聞き大会…)」
少なくとも、どうやらロナルドには分からない領域で、会話が進んでいるらしい。
なんだか、この場に付き合わされたことで、軽く女性不信になった気がした。
「とりあえずだな、ロン。付き合うなら、絶対に裏表がなさそうな女にしておけ。じゃねえと、現実とのギャップに落ち込むことになるぞ」
「…つまり、それってどういう人だよ?」
問われてしばらく悩んだ後に、タウラスは「まあ、あれだ」と頭を掻いた。
「ぶっちゃけ、オレには見分けなんかつかねえが、いかにもサッパリした、竹を割ったような性格なら、多分間違いねぇぞ。例えば…メディアとか」
「確かに、メディア姉さんほど裏表のない人も珍しいよね」
今はアガタと共に南バレンヌにいるメディアは、皇帝姉弟の従姉で、最も身近な人である。
そして、見るからにがさつで大雑把な女丈夫だが、最初から自分を偽るということをしない人柄なので、そもそも裏も表もありはしない。
だがロナルドは、「メディア姉さんは、俺にとっても姉さんみたいな人だよ」と肩をすくめた。
人間として好感は持てるが、恋愛対象にはならない。ロナルドは、少なくともこの時はそう断言していた。
もちろん、彼女と結婚している未来など知らずに。
「ま、もしかしたら裏表とかじゃなくて、本当に温和しくて心優しい人もいるかもしねえし。
とりあえず、女に理想を抱くのは大間違いだってことさ。現実なんて、そんなもんだぜ」
クッと背伸びをして、タウラスはお茶を飲み干した。
そして、「さて、仕事すっか」と立ち上がる。
次いでピーターも、「それじゃ、術研関係の書類を…」とか言い出す。
仕方なく、ロナルドも立ち上がった。
なんだかんだ言って、この弟たちはとてもよく働く。口ではどうこう言いながら。
「(…つまるところ、姉思いなんだろうな、2人とも)」
自分も、少しは故郷にいるうちに、兄弟孝行しておけば良かっただろうか。
そうも思ったが、男だらけの兄弟は、大抵のことは自力でなんとかしてしまえる。口を挟む余地もない。
早々に家を出てきてしまったことからも、ロナルドは彼らほど"兄弟姉妹の絆"というものを持たない。
そう言う意味では、ピーターとタウラスの多忙さを、少しは羨ましいと思うのだった。
…もちろんこの時は、10年ほど後に自分が"妻"の尻に敷かれているなどとは、考えてもいなかった。
おしまい