姉貴えれじぃ



「お前みたいに、女姉妹も居ない上に職場が男ばっかってのは、きわめて危険なパターンだ」

「タウラス、どういう意味だい?」

気になったらしく、ピーターが訊いてくる。タウラスは、神妙な顔をして腕を組んだ。

「いいか、昔から身近なところに女がいない生活をしてるやつは、大抵の場合"女"という生き物に幻想を抱いてる。
オレに言わせりゃ、世間に流通してる女性的なイメージってやつは、全部非現実的だ。現実に直面する前に、そんなもんは捨てちまえ。うちの姉貴が良い例だ」

『…つまり?』

2人の声がハモる。さっぱり意味が分からないが、タウラスは大まじめに「特に姉貴という人間は、世間様が抱いてるような人物像とはかけ離れてるってことだ」と頷いた。

「オレは昔から、いろんな人間に言われ続けてきた。『綺麗なお姉さんがいて羨ましい』『うちの兄弟と交換してほしい』『あんな人と毎日一緒にいられるなんて、お前はなんて幸せ者なんだ』…オレに言わせれば、代わって欲しいのはこっちだぜ。
機嫌悪けりゃ当たり散らすわ、仕事押しつけるわ、家の事なんか完全にノータッチ。
たまに気が向いて料理とかした日にゃ、鍋がいくつあったって足りないくらいボロボロにしやがる。
でもって、そういう時だけ『次の研究会の資料集めないとなのよ』とか言って出かけて、後かたづけは全部オレだぜ?
確かに見た目が良いから、お見合いの話とかよくあるけど、結局自分が面倒だから『申し訳ありませんが、私には仕事があって、良い奥方にはなれませんもの』とか、しおらしく言って断るし。そうやって騙されて、妄想としか思えないような評判だけ一人歩きしてるんだっての…」

最後の方は、何故か涙ぐんでさえいる。
とりあえず、その主張だけ理解したピーターは、黙って彼のカップにお茶を注いだ。

「でもなんだかんだ言ってタウラスは、ルビー術士長の仕事頼まれたりしてるし、姉さん孝行なんじゃない?」

ロナルドはそう言うが、タウラスは「とんでもない」と首を横に振る。

「とりあえず引き受けとかねえと、後で倍以上苦労すんのが目に見えてんだよ。どうあがいたって、最終的にはオレにお鉢が回ってくんだから。
『姉貴には逆らうな』。ただの経験論だ。二十数年あの姉貴の弟やってりゃ、嫌でも身に付く」

確かに気は強いが、世間的にルビーはしっかり者に見える。
術士長という立場のせいかもしれないが、少なくとも料理で鍋を壊すような人間には見えない。

「(ようするに、彼女のそういう側面は、タウラスのおかげで保たれたのか…)」

ピーターとロナルドは、そう目配せした。
本人には大まじめに悩んでいるのだろうが、ようするに仲の良い姉弟である。

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