ある皇帝の叙情詩


「ジェラール陛下の時代に、ヴィクトール運河の要塞攻略を助けたシティシーフがいたって。それ以来、シティシーフギルドは皇帝陛下に協力することを約束したって…」

「…なんだけどさ。ここ数十年はそれもさっぱりさ。
キャットばあちゃんは、ジェラール帝の時代に色々諜報活動とか任されてたらしいけど、その後の皇帝は誰もシーフギルドになんて目もかけない。
しまいにゃ、『アバロンのドブネズミ』って揶揄される。だからって、頭としては組織を畳むつもりはサラサラ無いらしいけどさ」

「ドブネズミって、そんなこと…」

「生憎、耳の良さは何処の組織にも負けないもんで。良い噂も悪い噂も、すぐ入って来ちまうんだ。今の皇帝になってから、特に動きもないし、このままアバロンの地下で忘れられてくのかも、俺たち」

『今の皇帝』という言葉に、一瞬心臓を掴まれたような気持ちになったが、アメジストは「そんなこと、ないんじゃない?」と冷静を装いつつ、染み抜きに没頭するフリをした。
クロウは苦笑して、「ごめん、愚痴るつもりじゃなかったんだけどさ」と肩を竦める。

「その格好…メッサは、魔術士だろ?」

「え、えぇ。一応ね」

「宮廷で、皇帝に会ったりするの?」

「えぇ、まあ…」

今更、自分がその皇帝であるなど言えるわけがない。

「あの…今の皇帝について、シティシーフじゃなんて言われてるの?」

ほんの少しの大胆さを持って、アメジストはそう口にした。
それにクロウは、「俺は、よく知らないけど」と首を傾げる。

「ビーバー姉が、『引きこもりで、何をしたいのかよく分かんない』みたいなこと言ってたような…あっ、ビーバー姉って、うちのギルドの副頭目なんだけど。
俺は、全然そっちは興味なくってさ。なんか長い名前だったことしか覚えてないや」

今日まで、自分の名前を長いなどと思ったことの無かったアメジストは、とりあえず「そう」と苦笑して誤魔化した。

「メッサは、なんで魔術士になったの?やっぱり、親がそうだったからとか?」

「えっと…そうね。確かに私の両親も魔術士だったけど、私自身はあまり両親のことをよく覚えていないの。私が小さい頃に、2人とも死んでしまったから。
祖父も元々は宮廷魔術士だったけど、私を育てる為に引退して、フリーの術研究者として活動していたの。
それで私は、研究者の人たちの間で育てられて、気づいたら魔導書に埋もれていたっていうか…。
宮廷魔術士になったのは、祖父の縁で今の術士長に会って、入団を勧められたのがきっかけ、かな。
クロウは、どうしてシティシーフに?」

「ん、一言で言うなら組織に拾われて育ったから。
俺、赤ん坊の頃にこの墓地の前に捨てられてて、ギルドの中で育てられたんだよね。
だから、どんなにバカにされても、ああやって生きるのが格好良く思えちゃってさぁ…今更違う人生なんか考えられないって話さ」

聞いてはいけなかったか…アメジストはそう思ったが、そんな胸中も予想できたようで、クロウは「だからって、別に不幸だとか思ってないよ」と肩を竦めた。

「シティシーフって、大抵の奴らがこんな生き方してんだ。良いかどうかは分からないけど、自由にのびのびと、何にも縛られずに生きていきたいんだ。
オレたちには、正義も悪もない。ただ、何を信じて、何を愛するか。それだけさ」

そう言うクロウの目には、一点の曇りもない。
アメジストには、そう見えた。

思わず手を止めて、じっとその目を見つめる。
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