ある皇帝の叙情詩
「あっ、やっと笑った」
「えっ?そうですか?」
「そうだよ。さっきから、なんか真面目な顔してるから、笑えないのかと思ったよ。ってかさ、メッサって何歳?」
「20歳、ですけど…」
「なんだ、俺より3つも上じゃん。敬語とか使わないで良いよ。てっきり、年下かと思ってた」
なんか可愛いからさ、とクロウは笑うが、そんなこと滅多に言われないアメジストは赤面して俯いた。
クロウからしてみれば、こういう反応が可愛らしいと思ったのだろうが。
彼はタライをテーブルの置くと、沸かし掛けのお湯を注いだ。
「…こんなもんかな。それじゃ、お願いして良い?」
「あっ、はい。もちろん」
そういえば、本来の目的を忘れていた。クロウはそのまま、来ていた上着を無造作に脱ぐ。
目の前で上半身を晒されて、アメジストは一瞬目のやり場に困った。
細い身体だと思ったが、意外としっかりしている。もしかしたら、何かしらの武芸は身につけているのかもしれない。
クロウはそのまま、室内に置かれていた木箱を開けて、違う上着を引っ張り出し、羽織る。
気を取り直して、アメジストはインクの付いてしまった上着を手に取った。
「あっ、ちょっと待って!」
「えっ?どうしたの?」
慌てて元の上着をひったくると、クロウは袖口を何やら漁り始めた。
すると、何故かそこから、細身のナイフが数本滑り出してくる。
刃物をそれほど見慣れていないアメジストは、「あの、どうして…?」と驚き硬直してしまった。
「そんなに固まらないでよ。自衛のためにしか使わないからさ。さっきみたいに絡まれた時でもなければ、そうそう出したりしないって」
ほら、とクロウは手首を返して、手を開く。
そこには、さっきまで無かった筈のナイフが収まっていた。
「凄い!手品みたい…」
アメジストは思わず、パチパチと拍手をした。そして、一瞬後に気が付く。
さっきあの大男は、突然刃物が出現したことに驚いて、逃げ帰ったのだろうと。
「…よし、これで全部武器は外したから、大丈夫。良かった、怖がられなくて」
「怖いというか、驚いたの。それにしても、どうして服に仕込んだりしてるの?」
アメジストはインクの染みこんだ袖をタライに浸けて、首を傾げた。
上着そのものは、これといって変わった物ではない。
「それはまあ、なんというか。職業柄ってやつ」
「職業?なに?」
「…知ってるかな?シティシーフってんだけど」
さっきまでのはきはきした口調と違い、クロウはほんの少し言い淀んだ。
アメジストは、なんとなくそれを気にしつつも、気づかないふりをして「もちろん、知ってるわ」と答えた。