ある皇帝の叙情詩
彼がさくさくと進んでいく先は、共同墓地だった。
その奥まった所にある小さな家屋の戸を、いきなりガラッと開ける。
「じいちゃん、いる?」
そう声をかけているが、返事はない。
「じいちゃん」という言葉から、アメジストはここが共同墓地を管理している墓堀の家だということを思い出した。
すると彼は、その孫あたりなのだろうか?
「…どっか出かけてんな、こりゃ。ま、いっか。どうぞ、上がって」
「あっ、はい。…お邪魔します」
家、というには随分とシンプルな作りだった。
ソファが1つにテーブルが1台、椅子が数脚と木箱が置かれているだけで、あとは釜戸とちょっとした炊事場があるだけだ。
「どっか、その辺座ってて。お湯沸かすから」
「はい…」
むしろ、思いっきりお邪魔している身のような…御礼のつもりが、かえって手間をかけさせているような気がして、アメジストは恐縮した。
彼は慣れた手つきで火種を作り、ひょいと釜戸に火を入れる。
「そういや、名前なんていうの?」
「えっ?あっ、私ですか?」
「うん。俺はクロウ、君は?」
「…アメジスト、です」
名前で皇帝だとバレやしないか…アメジストは心配になったが、彼―クロウは首を傾げて「ごめん、アメ…なに?」と聞き返した。
「アメジスト、です」
「アメ、ジス…ト?なんか言いにくいね」
「そうですか?初めて言われました」
自分では、それほど難しい名前であるとは思わないが、クロウは真剣に悩んでいるようだった。
「ア…メジス…う~ん、メッサって呼んで良い?」
「メッサ、ですか?」
「うん。変かな。だめ?」
「いえ、そう呼ばれたことは無かったので…。どうぞ、お好きなように」
なんか新鮮かも、とアメジストは少し微笑んだ。