ある皇帝の叙情詩
物思いに更けている内に、大きな何かとぶつかった。
「きゃっ!」
壁のようなものに当たって、弾かれる。
腕に買い物袋を抱えていた為、そのまま後ろにひっくり返るように、尻餅をついてしまった。
痛い、と思って恐る恐る顔を上げると、壁だと思ったものが無機物ではなかったことに気づく。
相手は、アメジストよりも遙かに大きい、まるでクマのような大男だった。
それも、目つきが明らかに優しい人間ではない。
…いや、人は見かけによらない。
実はちょっと怖く見えるけど、本当はすごく優しくて親切で子どもに好かれる人なのかも―。
「おいてめえ!どこ見て歩いてやがる?!」
そんなアメジストの淡い期待は、あっさり破られた。
「しかも人の靴にきっちり足跡残してくれやがって!」
あっ、と気が付いた時には、確かに転ぶ寸前に向こうの足を踏んだらしく、アメジストの革靴の形が、向こうの靴にくっきり残ってしまっていた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
もつれながらも慌てて立ち上がり、ひたすらペコペコと頭を下げる。
自分がバレンヌ皇帝だということなど、まるで頭にない。
もちろん向こうも、目の前の冴えない魔術士が国のトップだと、思っているわけがない。
「どうしてくれんだよ、おい!責任とってくれんだろうなぁ?!」
「えっと、すみません、その…」
これだけ縮こまっている人間相手に、少しは良心が痛みそうなものだが、生憎向こうは相当酩酊していた。
周囲の人間も、近寄りたくないのか、どことなく足が遠回りをしていく。
どうしよう、やっぱりジェシカに着いてきて貰うべきだったかも…今更後悔しても遅いが、すでにアメジストは半泣き状態である。
すでに向こうが怒鳴っている内容すら耳に入らず、途方にくれていた彼女の前に、すっと影が差した。
続いて、何かが倒れる音。
恐る恐る顔を上げてみると、相手の大男が膝をついて倒れていた。
そして、自分との間に違う人間が立っている。
「やあ、マナ。待たせたかい?」
アメジストの方を振り返り、彼はそう言った。