ある皇帝の叙情詩
「はい、50クラウンね」
雑貨屋の店主からお釣りとインクを受け取って、アメジストは「ありがとう」と微笑んだ。
10年以上の馴染みであるこのおばちゃんは、皇帝となったアメジストにも以前のように接してくれる。
そのことが、アメジストの数少ない救いであった。
結局、買い物にはひとりで出た。
アグネスの言うとおり、近衛兵のジェシカに付き合って貰おうかとも考えたのだが、それほどの量ではないし、たまにはただの「アメジスト」に戻りたかった。
皇帝として世間に顔を出す時は、慣れないドレスと化粧で別人のようになってしまう。
普通の地味なローブ姿のアメジストを、皇帝だと思うような人間は、そうそういないだろう。
事実、店を出た時点で、午後のアバロン市内は相当の人間が行き来していたが、誰もアメジストに目を留めない。
「(この街を守るのは私。でも…)」
アメジストを悩ませるのは、今朝大臣に言われた一言であった。
「陛下、そろそろ直属の部隊をお持ち下され。カンバーランド国王から、一度ダグラスへお越し下さいとのお手紙が来ております。
この機会に、護衛も兼ねて部隊を結成させていただきたく存じます」
いよいよか、とアメジストは心の中で呟いた。
その場では「しばらく時間を下さい」と答えたが、実際は由々しき問題であった。
バレンヌ帝国を収めるだけが、皇帝の仕事ではない。それは、諸外国との外交はもとより、モンスターの討伐などもある。
そして、最終的な使命として、七英雄を倒さなければならないのだ。
歴代皇帝の力は、伝承法により確かに引き継がれている。
それでもアメジストには、実戦経験は殆ど無かった。
術士長のライブラが、アメジスト本人の性格を考慮した上で、実践ではなく後方待機に回していたこともあるが、それ以上にここ数年は平和で、大きな戦など殆どなかったからだ。
七英雄にしても、かの皇帝ジェラールがクジンシーを撃破して以来、動きがない。
だからといって、皇帝が戦わないわけにはいかないのだ。
「(私はバレンヌ皇帝。いっそ、戦場で散って次の者にその使命を託してしまった方が、国の為ではないの…?)」
どんどん思考は後ろ向きになっていく。