ある皇帝の叙情詩


第5代伝承皇帝・アメジスト。
伝承皇帝初の女性皇帝にして、最初で最後の術士出身の皇帝。

在位当時20歳。在位期間は歴代最長の56年。
その偉業として最も大きいのは、カンバーランドにおける内乱を解決させ、その地を帝国領土したことである。

また、内政において特に力を発揮し、文化・福祉事業を大幅に拡大した。

術研究所の設立、国立孤児院設立と初等学校の無償化、国立病院の建設。
彼女の時代に、帝国の生活水準が大きく上がったと言っても、過言ではない。

後を継いだアガタ帝以下、歴代の皇帝たち、そして共和制となってからも、彼女の偉業は高く評価された。
そのことから、多くの人々は、アメジスト帝を「心の強い、しっかりした女性」というイメージで見ていた。

しかし、歴代の皇帝が「帝政が終わるまで、皇帝以外の人間が読んではならぬ」と伝えてきたものがある。
それは、即位以前から亡くなるその日までがつづられた、アメジスト帝の手書きの日記であった。

歴史学者たちはそこに、彼女の真実の姿を見た。

自信なさげで、常に自己問答を繰り返す言葉。
時には「本当に私は皇帝で良いのか」「この命散らしてでも、後継者にまかせたほうが良いのではないか」といった、自傷ともとれる言葉すら見受けられる。

しかし、ある時を境にそういった言葉は見られなくなった。
それは、あのカンバーランド訪問の数ヶ月前…直属部隊を編成し、戦場に赴くようになってからである。

理由はわからないが、それ以降は仲間への感謝の言葉が、多くつづられるようになった。

やがて時は経ち、妹のように可愛がっていたという軽装歩兵・ジェシカがカンバーランドのゲオルグ殿下と結婚。ネラックへ旅立つ。

術研究所設立プロジェクトの責任者で、アメジスト帝にとって唯一の身内であったフリーメイジ・レグルスが死去。
1100年頃には、近衛隊長・ウォーラスも引退している。

皇帝の傍らにあり続けたのは、猟兵・アグネスとシティシーフ・クロウ。彼らの名前は、至る所に現れる。
公式の資料と比べても、彼らはアメジスト帝が最も信頼し、重用した腹心と見て間違いない。

ジェラール帝以来、交流のなかったシティシーフギルドと宮廷を結びつけ、忠誠を誓わせた彼女の力とは、いったい何だったのか。

一言で言うことはできないが、カンバーランドのネラック城主夫人となった元帝国兵・ジェシカは、こんな言葉を残している。


「どんなに良い策があっても、人の心が通わなければ、意味はありません。
結局、政治も戦も人のためにあり、人を支え動かすのは暖かい心なのです。わたしは、陛下にそう教えられました」


<Fin>

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