ある皇帝の叙情詩
―1088年、早春。
皇帝アメジストと、その腹心の部下4名を乗せた船が、ソーモン港を出発。
カンバーランド・ダグラスに向けて、旅だった。
「うわっ、すっげ~動いてる!!こんなに重いのに沈まないなんて、やっぱ船ってスゲーよな!!それに海って、マジで広い!!」
甲板の手すりに縋り付いてはしゃぐクロウを、ジェシカが「ちょっと、静かにしたらどうなんですか!」と叱りつける。
「いいですかクロウ、我々は遊びに行くのではありません!あくまで公務で、陛下がカンバーランドを訪問されるのです。わたし達は護衛です。
しかもこの船は、バレンヌ帝国籍のものではなく、カンバーランド国王が差し向けて下さったカンバーランド国籍のものです。この意味がわかりますか?」
「分かってるって。つまり、メッサが仕事してる間は静かにしてろってことだろ?」
「そんなことは当たり前です!その前に、この船に乗った時点から、私たちはバレンヌの代表としてカンバーランドに赴く立場になるということです。
つまり、あまりみっともない真似はできません!国益に関わります」
「そんなこと言ったって、船長さん『ご自由になさって下さい』って言ってたぜ?それにジェシカだって、『船に乗るのは初めてです』って言って、ソーモンに着いてっからずっとテンション高かったじゃん。そりゃもう、普段聞いたこと無いような高い声で『こんな素敵な船に乗れるなんて、嬉しいっ♪』とかって」
「ッ…そこに直りなさい!そんなに海が好きなら、いっそ突き落としてあげます!!」
「ちょっ、足払いとかかけるなよ、危ないだろ!ウォーラスのおっちゃ~ん、ジェシカが虐める~!」
「ほらジェシカ、その辺りにしておきなさい」
「いいえ叔父さん、ここから先はカンバーランドです。このままでは陛下の顔に泥を塗ることに…」
「言いたいことは分かるけど、ちょっと気合い入りすぎじゃない?せめて道中くらいは、楽しみましょうよ。肩が凝るようなこと言わないで」
「アグネスさんまで…分かりました。ただしあくまで、船を下りたら国外だということをお忘れ無く」
船長を会話をして、甲板に出てきたら、ずいぶんとにぎやかなことになっていた。
クロウがすかさずこちらに気づき、「メッサ、海スゲー綺麗だぜ!!」と手を振る。
「クロウは、海も初めてなのね」
「うん、だってアバロンから出たことなかったし。でもこれからは、メッサと一緒に色んなところ行けるだろうから楽しみ!!」
キラキラした目で先を見るクロウの隣に立って、アメジストは微笑む。
実際、ソーモンまで来て海を見たことはあったが、船に乗るのはアメジストも初めてのこと。
まさか、初の海外旅行が皇帝としての行幸になるとは、思いもしなかった。
「(カンバーランドと良い関係が築けたなら、これからもこうして海を渡ることがあるかしら…)」
諸々の調整から、最初に連絡を受けてから3ヶ月後の実現となった、カンバーランド訪問。
そこでの予想もしなかった事件が、アメジストの名をバレンヌ帝国史において大きなものにするとは、このとき誰も予想しなかった―。