ある皇帝の叙情詩
「先ほども申し上げました通り、私は皇帝としてはまだまだ…いえ、本来ならば、皇帝になるような器の人間ではなかったと思っています。
だからこそ、支えてくれる人間を必要としているのです。
私が皇帝として生きていく上で必要な仲間―それは、千人の他人よりも、たった数人の友人。クロウは、その1人だと思っています」
「皇帝陛下ともあろうお方が、勇猛な部下より貧弱な友を取ると仰有いますか」
「ええ。歴代の皇帝たちは、そんなことは口にしなかったでしょうが、私には友情以上の信頼はあり得ません。
それに、これほど友人に恵まれたことを、私は誇りに思っています。
クロウは、街中で困っていた何の面識もない私を、助けてくれました。彼の優しさ、明るさ、その生き方は、どんな武功にも勝るとも劣りません」
その後の沈黙に耐えられなくなったのは、当のクロウだった。
いきなり立ち上がると、隣からファルコンを揺さぶる。
「頭目、オレ行きたい!半人前なのは重々承知だけど、ちゃんとたまには帰ってきて、頭目の剣術修練受けるから!頭悪いけど、ちゃんと勉強するから!
だから、メッサのところへ―皇帝陛下のところへ行かせて下さい!!」
必死に頭目に縋りすつく弟分を、ビーバーは「陛下と頭目のお話は、まだ終わってないでしょ」と引きはがした。
「…この通り、シティシーフのくせにまるで落ち着きのない若造ですが、よろしいのですか?陛下や他の直属部隊の方々に、ご迷惑をおかけするかもしれません」
「部隊員は、ここにいるジェシカの他には、理解のある近衛隊長と、クロウ以上に騒がしいかもしれない猟兵だけです。なんの問題もありません」
「万が一、クロウが職務を放棄することがあれば、どうなさいますか?」
「…本来なら、重罰を与えるべきかもしれませんが、そこへ至るまで彼を追いつめた自分に責任があります。それに、そんなことはあり得ないと信じています」
「その甘さが、部下を境地に追い立てることとなったら?」
まるで、皇帝を愚弄しているともとれる言葉。
ジェシカが何か言おうとしたが、アメジストはそれを手で制した。
「…どんなに甘いと言われようと、これが私のやり方です。情を捨てたら、私にはなにも残りません。何かを切り捨てるような皇帝にはなりたくない。
先代フリッツ陛下が、馬車の下敷きになった子どもを助けるために犠牲になったように、私はどんなものであっても、大切にしたいのです。もちろん、直属の部下もです。
彼らもクロウも、そんな私を信じてくれると思うのです」
心の底にあるものを、必死に言葉にして…淀みなく口から出てきたが、本当は震えそうだった。
つい先日まで、なんの未来も望まなかった自分。
やっと考えて、見つめて、見つけた未来。
皇帝として、自分がやるべきこと。
それはもう、何であっても覆せないほどに、大きなものだった。