ある皇帝の叙情詩


と、その直後。

「…ってかあんた、皇帝陛下の顔も名前も知らなかったの?」

隣にいたビーバーが、ボソッとつぶやく。
周囲のギルドメンバーも、みんな同じ事を言いたげだった。

「いや、だってなんか長い名前だったし!」

「アメジスト、のどこが長いんですか?!」

ジェシカにまで言われて、クロウは「だって覚えにくいじゃないか!興味なかったし」と言い返す。

「もう覚えたよ!アメジストだろ。でもメッサって呼んでいい?」

「えぇ、もちろん。最近は、親友のアギィまでそう呼ぶのよ。非公式の場なら、どう呼んでくれても構わないわ」

「…陛下、今は公務中だということをお忘れでは?」

ジェシカに言われて、アメジストは「そうだったわね」と苦笑する。

「貴女が、ギルドの副頭目ビーバー殿で間違いありませんか?」

「えっ、あっ、はい。ビーバーで御座います、陛下。あちらに居りますのが、頭目のファルコン。このシティシーフギルドを束ねる者です」

手招きされて、カウンター奥から出てきたのは、いかにも無口そうな、30歳ほどの男性。
アメジストの前で片膝をつき、「ファルコンと申します」と頭を垂れた。

「ではファルコン殿、バレンヌ皇帝として、依頼がありあます。あなたの大切な部下であるクロウを、直属部隊員として私に士官させて下さい」

「えっ、オレを?」を声を上げるクロウを、ビーバーが押さえつけた。
自分も、ファルコンの隣に跪いて、頭を下げる。

「危険な目に遭わせるかもしれません。私自身も、皇帝としてはまだまだ未熟です。それでも、これから国を守るために、彼の力が必要なのです」

「…お言葉ですが、陛下」

黙って聞いていた頭目ファルコンが、その低い声を静かに響かせた。

「クロウは確かに目や耳が良く、身も軽く、武芸もそれなりに修めております。
しかし、シティシーフとしてはまだまだ未熟者。とても、陛下の直属部隊に加えていただくほどの人間ではありません。
シーフが必要でしたら、わたくしやそこに居りますビーバーなら、陛下のお望みに適う仕事ができると思いますし、我々も陛下の命であれば、命さえ投げ出す覚悟はあります。
なに故、クロウをご指名なされますか」

無言の威圧感。言葉の後に感じたのは、そうとしか表現しえないもの。

アメジストは、少し間を置いて…考えてから、口を開いた。
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