ある皇帝の叙情詩


綺麗に晴れ上がった空の下、目立たないように普段着に着替えたジェシカと、いつもの術士のローブ姿のアメジストが、アバロン郊外の共同墓地へ向かって歩く。
酒場のマスターに、子猫の居場所を聞いたところ、ここへ行くように言われたのだ。

白い墓石の並ぶその中に、小柄な老人が1人、掃き掃除をしていた。

「あの、すみません…」

ジェシカが声をかけると、老人はゆっくりと振り返った。

「はい…あぁ、これはこれは。お待ちしておりました。さあ、こちらへ」

深い事情も聞かず、老人は墓地の奥へ歩みを進める。
そして、ひとつの墓石の前で立ち止まった。

周囲を確認し、老人はそっと墓石を押す。
すると、いとも簡単に石は動き、その下に階段が現れた。
それを見て、2人は目を丸くする。

「この下です…足下は暗くなっております、どうぞお気を付けて」

まずジェシカがそっと降り、安全を確認してから「陛下」と手を伸ばす。
その手を取って、アメジストは階段に足をかけた。

「あの、ありがとうございます」

アメジストが言うと、老人は穏やかに微笑んだ。

「我々シティシーフの、長年の夢でした。いつの日か、再び陛下に必要としていただくことが…こちらこそ、感謝申し上げます」

陛下、と促されて、アメジストは階段へ足をかける。老人に軽く会釈をすると、彼は丁寧に頭を下げた。

「こんな長い階段が、共同墓地の地下に…シティシーフのギルドが、こんなところにあったとは。
公式の記録では、ジェラール帝より後の歴代皇帝は、シティシーフを徴用したことはなかったと…」

「えぇ。でも、それは機会がなかっただけ。私は、彼らをアバロンのドブネズミだなんて思ってないわ」

ジェシカは、「えぇ、わたしもそう思います」と微笑んだ。
このジェシカの心優しさを、アメジストは信頼していた。
だからこそ、ウォーラスやアグネスと共に直属部隊にと考えたのだ。

そして、これから向かう先には、アメジストに確かな人間性を見せつけた、もうひとりの人物がいる。

カツン、カツンと岩だらけの地下を歩き、やがて古びた木の戸が現れた。
ジェシカがそっと押すと、ギィと不気味な音がして開かれる。

その向こうは、地下とは思えないほど明るかった。
無骨な岩壁にランプが置かれ、部屋の中を照らしている。バーカウンターのような台と、いくつかのテーブルや椅子。
数人の男女が談笑していたが、ドアが開くなり一斉にこちらを向いた。

その視線に、アメジストは一瞬縮こまるが、ジェシカに促されて一歩踏み出した。

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