ある皇帝の叙情詩
数日後。皇帝執務室には、数名の帝国兵が集められていた。
皇帝アメジストの親友にして、帝国猟兵団第二中隊副隊長・アグネス。
重装歩兵隊所属、そして先帝時代から近衛隊長を務める歴戦の勇士・ウォーラス。
ウォーラスの姪に当たり、弱冠16歳ながらも将来を渇望される軽装歩兵・ジェシカ。
「猟兵アグネス、軽装歩兵ジェシカ、重装歩兵ウォーラス、ここに揃いました」
ウォーラスの言葉を聞いて、アメジストは「ご苦労様です」と答える。
そして、彼らを目の前にして、皇帝はいきなり頭を下げた。
「へ、陛下?!」
驚いたジェシカが、素っ頓狂な声を上げる。
しかしアメジストは、顔を上げることなく、「お願いがあります」と言った。
「ちょっと、ちゃんと聞くから、とりあえず顔を上げなさいよ」
個人的な友人であるアグネスに諭されて、アメジストはやっと顔を上げる。
「ごめんなさい、その…どう言って良いのか分からなくて」
「いえ、陛下のお気持ちは分かりました。して、ご用件は?」
自分の父親くらいの年齢であるウォーラスに言われて、アメジストは小さく深呼吸をした。
「これは、皇帝としてのお願い…いえ、勅命です。私と共に、部隊を編成して、カンバーランドへ行って下さい」
気弱な皇帝が、即位半年にして初めて口にした、"勅命"という言葉。
あのアメジストが…アグネスは驚いたが、隣ですぐさま膝をついた、ウォーラスとジェシカに倣った。
「陛下、このウォーラス、勅命謹んでお受け致します。命に代えても、陛下をお守りします」
「わたくしもです、陛下。軽装歩兵ジェシカ、最期まで陛下と共にあることを誓います」
「同じく猟兵アグネス、皇帝陛下の命に従いましょう。そして…」
アグネスは顔を上げて、ニカッと笑った。
「親友として、ずっと近くにいることを約束するわ。
本当は、あなたが皇帝になった時から、その覚悟は出来てた…でも、重荷にはなりたくなかったから、言わなかったの。
誰もあんたのこと、見捨てたりしないわ。安心しなさい」
「アギィ…それにジェシカ、ウォーラスさん。ありがとう。
私は皇帝として、あなたたちと共に戦います。術士としても皇帝としても半人前だけれど、どうかついてきて下さい」
言いながら、アメジストはボロボロと涙を流した。
「ほら、泣かないの」とアグネスにハンカチを差し出され、それで目元を押さえても、まだ涙は出てくる。
親友に肩を抱かれ、泣きながら笑う皇帝の姿を、ウォーラスとジェシカは微笑みながら見ていた。
「して陛下、部隊をとのことですが…ここにいる3人、それに陛下を入れても4人にしかなりません。本来ひとつの部隊は、5人で編成されるものですが、他の構成員にご希望は?」
ウォーラスに言われて、アメジストは「1人、お願いしに行こうと…いえ、えっと…スカウトしたい人材がいるんです」と答える。
「とりあえず、みなさんの了承を取り付けてから行こうかと思っていて…それでは、ジェシカ、一緒に来てもらえる?」
「はい、もちろん。どちらまで?」
「えっと…子猫の居場所まで」
ジェシカは「はい?」と首を傾げるが、それを聞いて、アグネスは吹き出した。
「子猫というよりは…空を飛ぶ鳥だわ。あの自由さと脳天気さは」
自分で言って、また笑い出す。
ジェシカは相変わらず、意味がわからないようだったが、アメジストは「そうね」と苦笑した。