ある皇帝の叙情詩
「あの、クロウ、私もう大丈夫よ。アギィと一緒に帰るから、もうここまでで大丈夫だから…」
今更になって、事情も話さずにいた気まずさを感じ、アメジストはそう言った。
その慌てた態度を見て、鋭いアグネスは大体のことを悟る。
「でも、女の子2人でなんて、危なくない?」
「あら、これでもあたしは、バレンヌ帝国が誇る猟兵部隊の一員よ。なんなら、勝負してみる?」
「めっそうもない。皇帝陛下のお膝元と勝負しようなんて、そんな気さらさら無いよ。
ただ、男としてはそのくらい言っておいたほうが良いかと思ってさ。それじゃ、オレは行くね」
そして、去り際にアメジストの耳元に、小さく耳打ちしていった。
「何かあったら、酒場の親父に、『子猫は元気?』って聞いてくれよ」
それに返事をしようとしたら、すでに彼の姿は遠く人混みの向こうに紛れていた。
耳打ちなどされたのは、子どもの時以来…いつの間にか大人になっていたアメジストを、彼はただの少女に戻してくれたのかもしれない。
「(…ありがとう、クロウ。きっとすぐに会いに行くわ)」
願わくば、生涯ただの友人として。
「ってか、なに?メッサって」
アグネスの声で、こちらに意識が引き戻される。
一瞬「えっ?」ときょとんとしたアメジストだが、「あぁ、私のこと」と苦笑した。
「"アメジスト"が呼びにくいって言うから…」
「なるほど…ってかあの子、格好からしてシティシーフでしょ?自国の皇帝の顔も知らないって、どんなもんよ?」
アグネスは首を傾げるが、「それについては、私のせいもあるもの」と無理矢理笑った。
こんな地味な自分を見て、バレンヌ皇帝だと思う人間が、そうそう居るわけもない。
「ま、いっか。そんなわけだからメッサ、城に帰ってからで良いから、ちょっと付き合いなさいよ。酒盛りするわよ」
「えっと、少しだけなら…というか、アギィまでメッサって呼ばなくても良いじゃない」
「別にいいじゃないの。アメジストとアグネス、メッサとアギィなら、最初の音ですぐ区別が付くわよ。
ってか、まさかあんたがあんな年下趣味だったとはねぇ…」
「えっ、ち、違うわよっ?!そんなんじゃないって…」
「はいはい、詳しくは後で聞くわよ」
そんなことを言い合いながら、夕暮れの街を城へ向かう。
いつも通りの町並みの中を歩く、皇帝とその親友。
誰も、周囲の人間にはそう見られていないが。
「(やっぱり私は、皇帝なんて器じゃないけど…やれるだけのことは、やってみなきゃ)」
心の中で、小さくそう決意を固めて。
アメジストは、ようやく自分の居場所と思える気がする居城へ、足を踏み入れた。