ある皇帝の叙情詩
「…どうしたの?もしかして、オレに惚れた?」
平然と、そんな台詞を言われて、アメジストは顔に血がのぼるのが分かった。
「そ、そんなんじゃなくて…その」
耳まで真っ赤になりながら、わたわたと首を振るアメジストに、クロウは声を上げて笑った。
「ごめん、冗談だよ。もう、メッサはホントに可愛いな」
「そんな、別に私なんか…」
いつもの癖で、僅かに俯いて…ふと、唇に感じる感触。
驚いて顔を上げると、指先で自分の唇に触れるクロウの笑顔があった。
「それ、良くないよ。『私なんか』って言葉、言っちゃダメだって。たとえ謙遜でも、自分を過小評価するようなこと言っちゃうと、人間はそれ以上大きくなれないって、ビーバー姉が言ってた。
メッサは本当に可愛いんだから、素直に笑えば良いんだよ」
「そう…かしら?」
耳まで紅くなる。それでも、自分をまっすぐに見つめるその視線を、はずしてはいけない気がした。
「そうだよ。だからほら、笑って。ね?」
まるで、いい子いい子するように、クロウの手がアメジストの髪をなでる。
その仕草がなんだか可愛らしくて、アメジストは僅かにほほえんだ。
「ありがとう。実は、少し悩んでいることがあったの。でも、クロウと話していたら、元気が出てきたわ」
「そう?それは良かった。悩み事は、ため込んでたって減らないんだからさ。オレで良ければ、力になるよ。
これでもシティシーフ。何かの役に立てると思うから、絶対に声をかけてくれよ」
約束、と小指を差し出されて、何年ぶりか分からない指切りをした。
「あっ、染み抜き、そんなもんで良いよ?」
「えっ、でもまだ少し色が…」
凝り性のアメジストには気になるが、クロウは「そのくらい、全然問題ないって」と笑った。
タライから出して軽くすすぎ、力一杯絞って水を切る。
それをハンガーにかけ、窓枠に吊した。
「こうしときゃ、あとで乾いた時に、じいちゃんが取り込んでおいてくれるはず…」
「えっ?クロウは、ここに住んでるわけじゃないの?」
「うん。ここは、オレたちシティシーフを匿ってくれてる、墓守のじいちゃんの家さ。
オレは、組織の仲間と一緒に、アジトに住んでるんだ。アジトには、組織以外の人はつれて来ちゃいけないって言われてるからさ」
窓の向こうは、すでに夕暮れだった。
西の空に日が沈みかけ、街が紅く染まっている。
「遅くなっちゃ悪いから、送っていくよ。家、どこ?」
「えっと、西地区の方…」
咄嗟に答えたのは、半年前まで祖父と住んでいた実家の所在だった。
「それじゃ、行こう。早くしないと、暗くなるよ」
「大丈夫よ、一人で帰れるわ。もう子どもじゃないんだから」
「けど、またさっきみたいに絡まれたら大変だろ?せめて、近くまでで良いから見送らせてよ」
「…それじゃあ、お願い」
あまり遅くなっては、護衛兵のジェシカが心配しそうだ。
とりあえず、実家まで送ってもらって、そこから宮殿へ帰ろう。
もしかしたら、すでに宮殿では騒ぎになっているかもしれない。
心なしか足早に小屋を出ると、西の空に夕日が沈みかけていた。