鋼玉の透明度
…確かに悪魔と天使ほどの差はあるが、やっぱりこの2人は兄妹だ。
つまりは、どうしようもなくお人好しで、面倒見がいい。
それをありがたいとは思うが…正直、いい歳した男が、爪を人に切ってもらうなんて、こそばゆいにもほどがある。
…こうして見ると、メアリーの指はキレイだ。
街中の娘のように、指先まで着飾っているわけではないが、色は白いし指は長い。
確かに、弓兵特有の張りや小さな傷跡はあるが、言われなければわからないだろう。
それに、触れあっている指先が、温かかった。
オレの指まで熱を帯びている気すらするが、彼女がなんとも言わないあたり、気のせいだろう。
メアリーは長すぎる部分を落とすと、今度はヤスリらしきものを取り出し、爪の1本1本を丁寧に磨き始めた。
って、なんか本格的すぎやしないか?!
「いや、そんなもんで良いから!もう大丈夫だっての!!」
「ダメですぅ。こんなに荒れたままじゃ、爪が可哀想ですよぅ。もうちょっとおとなしくしててくださぁい」
爪が可哀想って、なんだよ。
そう思ったが、彼女はそれこそ、若い女性の爪を整えるように、オレの無骨な指先に神経を注いでいた。
ずいぶんと慣れているようで、ものの数分で、見事なまでに綺麗なカーブが出来上がる。
「はい、これでよしっと。じゃあ、左手を貸してくださぁい」
「…はい」
なんか、すっかり空気に飲まれてしまった。
オレが大人しく左手を差し出すと、またもメアリーは楽しそうに爪を切り始める。
その間、暇を持て余したオレは、見違えるほどきれいになった右手を、マジマジと見つめていた。
「女ってのは、こんな面倒なことをなんでやりたがるんだ…」
「さぁ、どうしてでしょうねぇ」
「って、アンタが今まさにやってることだろうが」
「えへへ、それもそうですねぇ」
まるで他人事のように、メアリーは笑った。
「でも、なんでって言われても、上手く答えられないんです。
私も、アバロンへ来るまでは、お化粧したり、お洒落したりとか、あんまりしたことなくって…。
こちらへ来てから、シャーリーさんに教えてもらったんですよぉ」
シャーリーさん、というのは、彼女にとっては兄嫁…みたいなもんだ。
正式に結婚してるわけではないらしいが、周囲公認の仲で同居してるんだから、ほぼそういうことだろう。
で、メアリーはそのシャーリーと仲が良い。
兄たちと同居してるのも、他でもないシャーリーが「メアリーが一緒じゃないなら、ライと暮らしたって意味ないじゃない」とか言ったかららしい。
何はともあれ、2人が間に挟まるべきライ兄をすっ飛ばしても、実の姉妹のような仲であることは間違いない。
非常に美意識が高いシャーリーの影響を受けて、メアリーもそういった技術を備えてきたんだろう。