鋼玉の透明度


インクってのは、生乾きの内はニジむ。
そんな当たり前のことすら、最近まで知らなかったオレだが…生憎、ペンってものを未だに使いこなせてる気がしない。

なんとなく書けてはいるが、決して上手い字ではないし(正直、よく採点できてるとすら思う)、書いてるうちに指が痛くなってくる。
一行書いては止まり、原本を確認し、また書き進めては止まり…というのを、さっきから延々と続けてはいるが、まるで進んでる気がしない。

ライ兄が帰ってくるまで、あと1時間ってところか…全く、間に合う気がしない。


オレが途方にくれてると、コンコンとドアが叩かれた。
そちらを見ると、開いたドアの隙間から、メアリーが遠慮がちにのぞき込んでくる。

「お茶、淹れましたよ。少し、休憩しませんかぁ?」

そう言って、彼女はテーブルの上に、ヒョイと盆を乗せた。


「どうですかぁ?宿題の方は」

「…このまま増える一方だろうな」

そう言って、クッキーを口に放り込んだオレの後ろから、メアリーが帳面を覗き込む。

なんて書いてあるのか、読めないだろうに…彼女は「頑張ってますねぇ」と微笑んだ。

…あぁ、なんであの悪魔とも鬼ともつかないライ兄と、この天使のようなメアリーが兄妹なんだ。
実の家族なんざ、端からいないオレにはわからんが、どっかで間違いが起こったような気さえする。

「むしろ、一生懸命やってるところを、お邪魔しちゃいましたかぁ?」

「ま、まさか!指が痛くなってきたから、どうせそろそろサボろうとしてたところさ」

なんでか知らないが、メアリーのこのちょっと困ったような顔は、どうしようもなくオレをうろたえさせる。
彼女は、痛いと言ったせいか、オレの指をマジマジと見つめて…「ジェイスン、爪が伸びすぎてますよっ!!」と素っ頓狂な声を上げた。


言われてみれば、まぁ確かに…それなりに伸びてはいた。
ってか、そんなに重要なことか?オレにはさして問題にならないが、メアリーは慌てて部屋を出ると、小さな箱を持って帰ってきた。

「ダメじゃないですかぁ!!こんなに爪を伸ばしてたら、指も痛くなりますよぅ!!」

「いや、指が痛いのはただペンの持ちすぎっていうか…なんつーか…」

オレの言い訳なんか、耳に入ってないんだろう。
メアリーは箱を開けると、中から爪切りらしきものを取り出した。

「はい、手を貸してくださぁい」

「だから、別にいいって…」

「良い訳ないです。爪が長いから、ペンの持ち方がおかしくなって、おかしなところに力が入るから、指が痛くなっちゃうんですよぅ」

…言われてみれば、その通りな気がしなくもない。
渋るオレにしびれを切らしたのか、メアリーは勝手にオレの右手をとった。

で、小さな爪切りでパチン、パチンと爪を切りそろえていく。

「もう、爪がボロボロじゃないですかぁ!!ちゃんと丁寧に切らなきゃダメですよぅ!!
前に爪切りしたの、いつですかぁ?」

とか言われるが、記憶にない。
というのも、基本的に不精なオレは、爪を切る、などという面倒なことをするわけもなく。

「剣振るのに邪魔になったら、いつも歯で噛みちぎってる」

正直にそう言ったら、案の定メアリーは目を丸くした。

「ダメですよぅ、そんなのぉ!!爪がガタガタになっちゃうじゃないですかぁ!!それに、どう考えても歯に悪いですぅ!!」

「いや、うんわかった。オレが悪かった…反省します」

…なんか、この子猫が睨みつけてくるような視線が、オレは苦手だった。
決して迫力があるわけではない。が、何故か言い返せなくなる。

一応、オレの言葉から誠意を汲み取ったのか、メアリーは「もう二度とやっちゃダメですよ」と言って、再び爪切りに熱中しだした。
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