鋼玉の透明度


あー、ったく。
なんにがどうして、こういうことになってんだか。

完全なるみなしごで、孤児院の中ですら、あまりの悪ガキっぷりに大人から見捨てられて。
色々あって傭兵団で拾われて、以後剣をブン回すだけの人生を送ってきたこのオレが。

こうして、立派な机に向かって、分厚い本と帳面に向かい合ってる今現在。

…いや、ここまでの経緯をまとめるのは簡単なんだが、もはや神のいたずらとしか思えないレベルの偶然だ。


なんだって、たまたま飲みに行った酒場で、気に入らない軍の偉い奴らとはち合わせて。
殴り合いの喧嘩に発展しかけたところを、よりにもよってこの国の《皇帝》に止められて。
そこであの皇帝へーかに気に入られたまでは、まぁあり得る展開だろう。

そこで何故か、オレはまともな教育も受けてない上、読み書きもまともにできないことがバレて。
気づいたら、皇帝の従兄にして側近の術士・ライブラから、文字を教わることになっていた。


このライブラという男が、また食えない大人だった。
恐ろしいことに、笑顔でとんでもないことを言いやがる。

「あぁ、課題お疲れさまでした。でも、ここもここも間違ってますね…。
はい、というわけで、減点分の課題です。10分以内に持ってきて下さい」

…等々、あり得ないことをあっさりと言われ、当初はオレも一々反発していた。
が、しかし。

「馬鹿、ですか。少なくともわたしは、馬と鹿の区別くらいはつきますけれどね。
鬼、と言われましても…生憎、殴るしか脳がないオークよりは、知能があるもので。
もやし…そうですね、まぁ傭兵団の皆様には勝てませんが、基礎体力はそれなりにありますよ。あなたが逃げようとしたところで、背後からウィンドカッターを飛ばしつつ、追いかけることくらいは…」

所詮、本を読まず、言葉を知らないオレが、あの男に口喧嘩で勝てるわけがなかった。


なんだかんだと不満はあるが、感謝していないわけでもない。

良い歳した図体のデカい男相手に、わざわざ時間を割いて教えてくれてるわけだし、最近は大分安くなったとはいえ、紙もインクもタダじゃない。
むしろ、縁があったとはいえ、得体の知れない男を自宅に招き入れて、場合によっちゃ夕飯まで食わせてから帰らせるという、お人好しにも程があることをしてくれてるわけだ。

おかげで、ある程度の単語は読めるようにはなった。
が、しかし。

目の前に積まれた本のページを、丸々書き写せっていうのは、いくらなんでも厳しすぎやしないか。
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