翠玉の屈折角
「面白がるのも、いい加減にしてよね!
もう、なんでムリヤリこんなとこに…」
「でも、実際に吸い付いた時には嫌がらなかったじゃないですか。今更文句を言われても…」
あたしの後ろに立った彼は、鏡越しにそう苦笑する。
い、嫌がるもなにも、そんな余裕無かったわよ。バカ!!
大体、いつ付けられたとか、あたしは覚えてないっていうのに…やっぱり、なんか頭に来るわね。この余裕っぷり。
「もう、人の気も知らないで…!!」
「そんなに、気になります?」
「当たり前でしょ!?いちど、あなたも付けてみれば良いわ。あたしの苦労がわかるでしょうね」
チョーカーは諦めて…仕方ない。私的にはあまり使いたくない、唯一持ってるスカーフに御登場願うしかないわ。
色があんまり好みじゃない…貰い物だから、しょうがないんだけど。
あたしがそう溜め息を吐いて、振り返ったその時。
あたしは、彼の腕の中に、すっぽりと収まってしまった。
「えっ、ちょっとなに!?」
「なにって、貴女がそこまで言うなら、試してみようかと」
試すって、何をよ!というか、なんでそうあたしを抱え込んで離さないのよ!!
色々言いたいことは有るはずなのに、まるで言葉にならない。
…でも、この直後の彼の行動は、あたしをこれ以上なくテンパらせた。
「さぁ、どうぞ」
と言うなり、いきなりガウンの胸元をはだけて、そこにあたしの頭を押しつけたのだ。
当たり前だけど、今は朝。
明るい中で、視界は彼の胸板だけ。しかも素肌。
これで、動揺するなって方が難しい。
「ど、ど、どうぞって…どうぞってなによ!!どうぞって!!」
ようやく搾り出したその言葉に、彼は「何をそんなに、驚いてるんですか」と首を傾げる。
「貴女が言ったんですよ?『いちど付けてみれば良い』って。
ですから、どうぞ好きなだけ付けて下さい。遠慮は要りませんから」
いや、言ったけど!確かに言ったけど!!
だからって、普通そういう発想になる!?
…もう、それなりに付き合いは長い筈なのに、あたしはこの男がわからない。
それは驚異かもしれないけど、一応不快ではないことは補足しておく。
とにかく、本人がそう言うなら、本当に付けてやろうじゃない。
彼の着るものの傾向からして、襟が有っても首までは覆わないはず。
いっそ、首に吸血鬼ばりに噛みついてやろうかしら?
この状態なら、アザになったって文句は言わないでしょうし。
あたしは目を閉じて彼の首筋に向かって、唇を近付ける…。