古びたオルガンの見る夢の


 3人の少女は、不思議そうにその眼を見つめつつ、同時に同じことに気づいたようだ。
「あれ、でも……お兄さんは、青い目よね?兄弟なのに……?」
「あー、うん。兄貴とは、血のつながりはないから。ざっくり言うと、うちの一族は、血縁に限らず《一緒に育った人間》が兄弟なんだ。だから、本当に兄弟ではあるんだけど。
 あ、それより。それじゃあ、マートル先生のことを直接知ってる人って、今はもうこの学校には居ないの?」
 詳しく詮索されたくない、という意思表示も込めて、テオは話題をずらした。
 何となくその意図を察してか、3人の少女は同時に首を横に振る。
「さすがに、50年も経ってるし……。今の先生方に、そんなに長く居る方はいないと思うわ。私みたいに、祖母が卒業生でって生徒は、何人かいるけれど……」
「じゃあ、さっき言ってた『女性の幽霊を見た』って話は、なんでマートル先生ってことになったんだろう?誰も会ったことないんだよね?」
 テオの指摘に、3人は顔を見合わせた。
 言われてみれば、何故『女性の幽霊を見た』話が、『マートル先生の幽霊がいる』、という話になったのか。
 小首を傾げ、しばしの沈黙の後、口を開いたのはリンだった。
「……多分だけど、マートル先生が天に召されずに、学園内をさまよっててもおかしくない、ってイメージがあるからじゃない?ほら、御高齢だったとはいえ、火事で急に亡くなったんだし。家族も居なくなって、結婚も破談になってしまって、仕方なくずっと、ずーっと学園に居ることになって……」
「そうね……今では、卒業したら家に帰る子が殆どだけれど。あの頃は、卒業前に嫁いでいく学生も多かったそうだし……。先生として慕われてても、生涯独身のまま、寂しかったのかもしれない、って。そんなイメージはあるわね」
「それは、お祖母様も言っていたわ。マートル先生が亡くなった時、学園の関係者以外で、お葬式に来る人は居なかったって。学園の同期のお友達はいらしたけれど、ご自身のご家族やご親戚は、いらっしゃらなかったって……」
「なるほど……イメージ、か」
 女性の幽霊。50年前の火事。マートル先生のこと。
 訊かなければいけないことは、このくらいだろう。
「まあ、なんとなくわかった。ありがとう、お姉さんたち。時間取っちゃったし、ご奉仕?よくわかんないけど、掃除なら手伝うよ」
 テオが立ち上がると、少女たちは「あら、ありがとう」と笑顔になった。
「てか、オレでも手伝えるようなことかな?」
「ええ。やっていることは、普通のお掃除だもの。私たちは、『お仕事』をしてはいけない階級の娘たちだから、お掃除もお洗濯もお台所のお手伝いも、全て『ご奉仕』と呼んでいるだけなの。
 あくまで、自分の人生を豊かにするために、神々への感謝としてご奉仕します、っていう建前で」
 エマが説明し、ミアも「そういうところ、外の人にはまどろっこしいでしょう?」と苦笑する。
 なるほど。あくまで、上流階級のための、伝統校ならではの表現で、テオの知っている『掃除当番』と、なんら変わらないものだったようだ。
「ついでに、私からも訊いて良いかしら?」
「あ、うん、いいけど、なに?」
「……お兄さん、お独り?婚約者さんはいらっしゃる?」
 テオの耳元で、コソコソと。
 内緒話の体ではあるが、もちろん近くに居る友人たちには聞こえており、ミアは「ちょっとリン?!」と慌てて引き離した。
「私たちの為に来て下さった方に、なにを急に!!あ、もしかして、その為に一度寮に戻って、髪の毛巻いて来たの?!」
「だって、あんな素敵な方にお会いできる機会なんて、この後もう一生ないかもしれないじゃない!それにほら、エマだって、授業中と違うリボンになってるわ。1番お気に入りの赤に換えてきたんでしょ?私だけじゃないじゃない」
「えっ、べ、別に他意はないわよ、たまたまよ。……あれ、そういえばミアも、いつもは三つ編みにしてるのに、今日は髪の毛を下ろしてるのは……」
「そ、それこそ偶然よ!!だって、授業中も、なんなら昨日もこの髪型だったでしょ?!エマが今まで、気づかなかっただけじゃないの!!」
 やいのやいの。女3人寄れば姦しい、とはまさにこれか。
 テオそっちのけでしゃべり始めた少女たちを横目に、兄の方に目を向ければ、ちょうど兄もこちらを見ていた。
 小さく手招きするその手に応え、テオは無言でその場を離れる。
「なんか分かった?」
「あぁ。分かったよ、全部」
「全部?」
「オルガンが鳴り、女性の声が聞こえたのは何故か。誰もいない講堂で、何があったのか。思ってた以上に理解できた」
 元通りにオルガンの前板をはめ込み、その場に広げていた道具を片付けながら、アデルは立ち上がる。
 そして、「お前が色々聞き出してくれたおかげだ。ありがとうな」と、手袋越しに弟の頭を撫でた。
「グスタフのところに行ってくる。それじゃ、後は宜しく」
「あー、うん。……って、あっ?!」
 荷物を片手に、サクサクと。
 なんなら、小走りくらいの勢いで、アデルは正面のドアから出て行く。
「(兄貴、逃げたな……)」
 兄よりは社交性がある、と自負していたテオではあるが、今も高い声で喋り続ける少女たちを見ていると、兄が苦手とする「女性の圧」というものが、なんとなく理解できた気がした。

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