古びたオルガンの見る夢の
巻き髪の少女はリン、髪の長い少女はミア、リボンの少女はエマという名前らしい。
彼女たちは今月の「講堂でのご奉仕」担当で、オルガンの音が聞こえたその日の夕方も掃除をしていたが、特に変わったことはなかったという。
「……で、さっき名前が出たマートル先生についてなんだけど。50年前に、火事で亡くなったって?」
「えぇ。もちろん、私たちも直接知っているわけじゃないんだけど、中庭に慰霊碑もあるし、マートル先生のことは、学園の子ならみんな知ってるわ。
元々、先生はこの学園の生徒で、ご実家は裕福な商家だったそうだけれど、卒業前に商売がダメになってしまって、ご家族は一家離散。決まっていた縁談も立ち消えになってしまって、行く場所も帰る場所もなくなってしまったそうなの。それで、卒業後も先生として学校に残って、それから70歳で亡くなるまで、生涯独身のまま、学園に尽くされたって」
どうやら、3人のリーダー格はリンであるらしく、ミアとエマはそれを相づちを打ちながら聴いている。
慰霊碑もあるということは、それだけ学園にとって重要な人物だったのだろう。
「50年前の火事で亡くなったのは、そのマートル先生だけなの?」
「えぇ。それについては、当時この学校の生徒だった、私の祖母から聞いたことがあるのだけれど……」
そう口を挟むのは、エマだ。
当時の講堂は、現在の中庭の場所に、独立した建物として存在しており、火事の原因はおそらく、暖炉からの飛び火だろうとのこと。
事件性はないが、生徒が『ご奉仕』で掃除をしている間に出火し、それを監督していたマートル先生は、逃げ遅れた生徒が居ないことを確認する為に最後まで残り、焼け落ちた天井の梁の下敷きになったという。
生徒は全員無事で、先生は唯一の被害者となった。
長年学園に貢献していたことから、在校生はもとより、卒業生たちからもその死は悼まれた。
そして程なくして、講堂の跡地に、小さな慰霊碑が建てられたという。
「祖母曰く、『とても厳しいけれど、生徒思いの先生だった』って。この学園は、卒業後も生徒たちの結束が固いから、すぐに慰霊碑の話も立ち上がって、建立された時には、大勢の卒業生が集まったって……」
「なるほど。……でも、そこまで大切に弔われた人が、幽霊になるかなぁ」
テオとしては、そこが気になる。
しかし、3人の少女たちはキョトンとしていた。
「それ、どういうこと?」
1番グイグイくるのはリンだ。その勢いに若干飲まれつつ、テオは「幽霊って、何かしら理由がある人が多いよ?」と答えた。
「自分が死んだことに気づいてないとか、どうしてもやり残したことがあるとか、そもそもちゃんと弔われなかったとか。マートル先生については、そういうのじゃないと思うんだよね」
「……テオくん、幽霊に会ったことがあるの?」
どこか遠慮がちに、ミアが訊ねる。
テオはあっけらかんと、「そりゃ、もちろん」と答えた。
「オレたちの“眼”は、精霊が【視える】からね。幽霊――すなわち、人間の魂も精霊の一種。向こうにちゃんと意識がある
そう、自身の銀色の眼を指す。
精霊の子、すなわち“銀眼”の一族は、そうではない“蒼眼”の人間に比べれば、圧倒的に人口が少ない。
“蒼眼”社会のコミュニティで暮らしている人間なら、その存在は知っていても、生涯にわたって一度も巡り会わないこともある。
元々彼らは、特定の街で暮らすことなく、旅から旅へと生きる流浪の民だ。
ましてや、このイルムガルト女学院は、良家のお嬢様が通う名門校である。
近い階級の人間以外と交流のない人々では、自然精霊と生きる“銀眼”一族に出会う機会など、そうそう無いだろう。
