古びたオルガンの見る夢の


 振り返ると、ステージの左側のドアがわずかに開かれ、遠慮がちにこちらを覗いている目がある。
「……テオ」
 しばしの沈黙の後、視線を逸らし、アデルはただ弟を呼んだ。
 それで全てを察する賢い弟は、「仕方ないなぁ」と態とらしく笑い、立ち上がる。
 こちら側からドアを開けると、見つかったことに少々慌てふためく、16歳ほどの少女が3人いた。
「ごめんね、お姉さんたち。今ちょっと調査中なんだけど……」
 そろいのワンピースと、校章がついた同じ付け襟。
 間違いなく、この学園の生徒だろう。
 そのうちの1人、巻き毛の少女が「あら、ごめんなさい。でも私たち、ご奉仕の時間で」と、手に持ったモップを示す。
「ご奉仕?なにそれ?」
「この学校では、授業が終わった後、1時間ほどご奉仕の時間があるんです。寮でのお洗濯とか、お夕飯のお手伝いとか……」
「1ヶ月ごとに場所を変わりながらやってるんですけど、今月は私たちが、講堂のお掃除でして……」
 次いで髪の長い少女と、リボンで髪を結った少女が答える。
 テオはポンッと手を打ち、「あぁ、お掃除当番か」と納得した。
 似たようなものは、テオが通う教会学校にもあるが、それにしても「ご奉仕」とは、なんとも仰々しい。
 少なくとも、アデルに対する野次馬で来たわけではないらしい。
 どうしたものか、とテオが思案していると、リボンの少女が遠慮がちに口を開いた。
「あの、そのオルガン……本当に、マートル先生の幽霊が弾いてるんですか?」
「マートル先生?」
「学内でみんなそう言ってるわ。50年前の火事で亡くなったマートル先生が、幽霊になって今もこの学校にいて、オルガンを弾いてるんじゃないかって。ねえミア、エマ?」
「えぇと、あくまでそう言われてるってだけで、誰かが見たってわけじゃないんですけど……」
「でも、学内で女性の幽霊を見たって話は、結構前から聞いたことあるじゃない。ってことは、幽霊がオルガンを弾いててもおかしくないってことじゃない?!ねえ?」
 ――矢継ぎ早に、そんなお喋りをしながらも、少女たちの視線は、それとなくアデルの方にチラチラと向いている。
 滅多に見知らぬ男性の立ち入らない学内に、美貌の青年が居れば、たとえ掃除目的で来たにしても、こういう反応になるだろう。
 兄の方を振り返れば、その目は真っ直ぐテオを見て、すぐオルガンの方に向き直ってしまった。
「(あ、話だけ聞いといてってことか)」
 仕方が無い。
 これも助手の仕事、とばかりに、テオは大仰に咳払いをした。
「お姉さんたち、ちょっとその話、オレに詳しく聞かせてもらえないかな?」
「えっと、それは構わないけど……君は?」
「オレは弟のテオ。あそこに居るのは、精霊学研究所の所長で、兄のアデル。兄貴、なんかモテそうに見えるでしょ?でも、めちゃくちゃ人見知り激しくて、知らない人と話すの下手でさー。だから代わりに、オレが事情聴取したいんだけど」
「まあ。そういうことなら、喜んで協力するわ。ねぇ、2人とも?」
「もちろんですわ」
「私たちでお役に立てるなら」
「じゃあ、こっちのストーブの近くで良いかな?とりあえず、事件があった日についてなんだけど、なんか変わったことは……」
 さりげなく、アデルの耳に会話が聞こえる位置を陣取って、必要そうな情報を聞き出していく。
 ――人見知りが激しいと言えばその通りだが、初対面の人間が須く苦手なわけではない。
 アデルは、グイグイくる女性の圧が特に苦手なのだ。
 弱冠12歳のテオが、年上の女性と話すのが上手くなってしまったのは、大体自分のせい。
 そこに、頼もしさ半分と、申し訳なさ半分の複雑な感情を抱きつつ、アデルは自分の仕事を全うすることにした。

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