古びたオルガンの見る夢の


 彼女の祖父は、楽器商として名を馳せたが、元々は一介のオルガン職人であった。
 彼女は、幼い頃からその工房に出入りしていたことから、オルガンの簡単なメンテナンス、応急処置などが、自然と見様見真似で出来るようになった。
 家族には「筋が良い」と褒められており、自身も職人の技を受け継いだことを誇りに思っていた。
 しかし、この学校に入ってからは、「修繕作業など、良家の子女がやってよいものではない」と思い詰め、そのことを周囲には隠していた。
 しかし、最近になって新しくストーブがこの場所に設置され、ただでさえ長く放置されているオルガンのことが気がかりになった。
 掃除中に軽く触れただけでも、状態が悪いだろうと察せたことから、他の生徒が帰った後にこっそりと、短い時間での修繕を、数日掛けて試みたのだという。
「そういうことなら……言ってくれれば、ストーブの場所を変えるくらいはすぐに出来たというのに。暗い時間に1人で学内に残るなんて、危険な真似をしなくても……」
「はい……すみませんでした」
 小さく縮こまるミアの様子に、アデルは態とらしくため息を吐いた。
「学長、敢えて申し上げますが……精霊学、心霊学の観点からしてみれば、彼女のしたことは正しいです」
「……と、仰有いますと?」
 箱の装飾を戻しながら、アデルはそっと、寄贈された日であろう側面の日付を撫でる。
「東方の言葉で、『付喪神ツクモガミ』というのですが……大切にされるものには、命が宿るという考えです。
 大切にされた物は、人間と同じように、その場所で〝家族〟として共に生きる。それが、ある時から放置されれば、己の使命を見失った付喪神は、へそを曲げたり、時には悪い物を引き寄せたりします。
 誰にも触れられること無く、正しい音を出せなくなったオルガンです。誰かが本来の使命を思い出させなければ、このオルガンそのものが、本当に幽霊になってしまったかもしれない。
 学術的研究はまだ途上ですが、確かにそういった事象は存在しています」
「オルガンそのものが、幽霊に……?!」
「あまりに記録が少ないので、詳しくは説明できないのですが。とある事象では、倉庫に放置されて埃を被っていた絵が、騒霊現象ポルターガイストを引き起こしてしまい、倉庫の中のものをひっくり返して、夜毎暴れていた。きちんと修繕してエントランスに飾り直したところ、収まったそうです。
 弾く人間もいなくなり、ただのオブジェとしてここに置かれているオルガンも、いつかそうなったかもしれない。彼女が1人で、こっそり作業をしていたことは、看過できないことでしょうが……どうか、そんなに叱らないで下さい」
 鍵盤をそっと一撫でし、アデルは言葉を選びながら語った。
 身内には何でも無い話だが、研究が進んでいない分野のことを、素人相手に説明するのは難しいのだろう、と、その表情からテオは察する。
 しかし、その気持ちは伝わったようだ。
 学長は「所長殿がそう仰有るなら……」とミアに向き直った。
「今回のことは、思い詰めさせてしまった我々にも問題がある。校則違反について、咎めることはしない。……お祖父様に連絡は取れるかい?オルガン専門の職人さんに、修理に来てもらおう」
「は、はい……!ありがとうございます!!」
 ミアはようやく、顔を上げた。
 パッと輝いたその表情は、自分が罰を免れたことよりも、オルガンがプロの手で再び蘇ることを喜んでのことだろう。
 ――つまるところ、今回の件にはなんの悪意も関わっていなかったのだ。
 無事にこの場を収められたことに、アデルはこっそりと、安堵の息を吐いた。

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