古びたオルガンの見る夢の


 ※ ※ ※
「先に結論から申し上げますと、今回の一件は、幽霊の仕業ではありません」
「……と、仰有いますと?」
 日も沈みきった夜6時。
 オルガンの椅子に腰掛け、ふいごに足を乗せて、アデルは鍵盤を押し込む。
 天井の高い講堂に、オルガンの音とは思えない、ビーという鈍い音が響いた。
「……所長、弾けないのなら、無理なさらないで下さい」
 耳を押さえながら、グスタフは眉間に皺を寄せる。
「僕のせいじゃない。お前がやってもこうなるよ、グスタフ。一流のオルガニストであってもね」
 アデルは立ち上がると、昼間と同じように、正面の装飾部分を外す。
 そして、ズラリと並んだパイプに、手袋の指を沿わせた。
「学長、パッと見ただけでは分からないかもしれませんが……この辺りのパイプが、少しずつ変形してしまっているんです」
「変形?金属のパイプがですか?!現在は全く使用していませんし、壊れるような衝撃もなかったはずなんですが……一体何故?!」
「逆に、使い続けていれば、すぐに気づいたと思いますよ。変形の原因は、使用による摩耗劣化でも、外部からの衝撃でもありません。あれです」
 そう、アデルが指をさす。
 その先には、現在は火が入っていないストーブがあった。
「学長は、金属のパイプが、と仰有いましたが。オルガンのパイプは、鉛なんです。
 昼間は講堂のストーブに火が入り、夜には消える。鉛は熱に弱いから、熱の影響で柔らかくなった時に自重でゆがみ、夜には冷えて固まって、ストーブが付けばまた柔らかくなる。……その繰り返しで、この辺りのパイプが、まとめて変形してしまった。結果、音がおかしくなってるんです。
 特に、このストップなのですが……」
 音を出すパイプを切り替え、再び音を出す。
 先ほどより、濁りの無い音。しかし、空気が真っ直ぐ抜けるようなその音は、あまりオルガンらしくはない。むしろ、
「人間の、声……?!」
 丸い顔の丸い目を、更に丸くして、学長が息を呑む。
 よくよく聴けば、それは間違いなく楽器の音だ。
 しかし、声楽家特有の、朗々とした深い歌声のようにも聞こえる。
「声楽家は、横隔膜を下げて、空気をはき出す時に声帯を振動させて発声します。オルガンは、鞴で送った空気がパイプを通り、振動することで音を出します。
 つまり、使っているものが人体か金属かの違いで、理屈はほぼ同じなんですよ。
 おそらくは、音のゆがんだ下のストップと、この細い音のストップを重ねた時、余計に人の声に似て聞こえたんだと思います」
 アデルは立ち上がり、手で自身の声帯と横隔膜の位置を示した。
 鞴が〝横隔膜〟、パイプが〝気道〟。そして、パイプに開けられた隙間が〝声帯〟。
 それまで考えたこともなかったが、確かにオルガンの音の出し方は、人間の声の出し方に酷似していた。
「学長たちが駆けつけた時には、生徒さんが『人の声が聞こえる』と言っていたのでしょう?しかも、ドアと壁越しに聴いた音です。つまり、思い込みで人間の声に聞こえたのではないかと」
「なるほど……言われてみれば、そのような気も……。あ、いえ。それで、幽霊の声ではなく、オルガンの音だというのは分かったのですが。そもそも、誰かが空気を送らなければ、パイプは鳴りませんよね?何故、弾く人のいないオルガンが鳴ったのでしょう?」
「あぁ、それは……」
 アデルが言いかけた、その時。講堂の正面のドアが、大きく開かれた。
 顔を覗かせたのは、先ほどからこの場に居なかったテオである。
「兄貴ー、来てもらったよ」
「あぁ、ありがとう。……数日前から、このオルガンを鳴らしていたのは、貴女ですよね。ミアさん」

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