最初の盗賊、最後の皇子。


皇帝ジェラールには、2人の子があった。

皇子ヴィクトールと、皇女リゼット。


ヴィクトールの名前は、言うまでもなくジェラール帝の兄、クジンシーのアバロン襲撃によって命を落とした、第一皇子に由来する。

武勇の誉れ高く、気高い魂を持つ兄を尊敬していた皇帝は、それに肖ろうと嫡男に同じ名前を付けた。

しかし、短命であることも名と共に引き継いだのか、皇太子ヴィクトールは病にかかり、30歳の若さでこの世を去ってしまった。

遺されたのは貴賤結婚した妻と、当時6歳の一人息子…それが、リチャードである。


貴賤結婚と言っても、リチャードの母・ローラは貴族の娘である。
ただし、王家とは不釣り合いなソーモンの地方貴族で、爵位はあれど、さほど裕福ではなかった。

当然、アバロンの上流貴族たちが母に向ける目は、卑しいものだった。

嫉妬や侮蔑、屈辱的な攻撃は、もちろん父が生きている間は、さほど執拗ではなかったが、その死後、母子はあからさまに避けられた。


元々温和しい性格であった母は、毎日を祈りに捧げる日々を送るようになり、城の一角に与えられた離れから出ることもなくなった。


そしてリチャードは、ジェラール帝の唯一の男系男子として、本城で暮らしていた。
次期皇帝に相応しい教育を、受けるために。


「俺は皇帝になんてならない。何度もそう言ったはずなのに…」

「個人の意志だけで、変えられるようなものではないのですよ、リチャード。
貴方の気持ちは、陛下も十分御理解下さっているでしょう」


リチャードの恨みがましい独り言に、ライブラはそう言い切った。

そもそも3年前、士官学校に入ることすら反対された。
王侯貴族の人間が、軍に入るのはよくある話だったが、跡継ぎでない第二子以降の子女の場合である。

しかも、その地位から自動的に将校となれる身分でありながら、わざわざ民間人向けの士官学校へ入り、一兵卒から始める貴族など居やしない。
あくまで名誉職として軍に地位を得て、実際には戦場に出ないのが当たり前である。


そういった慣習を破り、リチャードは士官学校で2年間学んだ。
そして、誰にも文句を言われないよう、血の滲むような努力をして、首席で卒業したのである。

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