最初の盗賊、最後の皇子。


そこでライブラは、一度息を吐いて、グラスを傾けた。

そして、僅かにトーンを落として、その先を続ける。


「この事件で被害に遭った家を調べたところ、いずれも良からぬ噂がありました。

向こうは、無作為にターゲットを選んでいるわけではない。
狙われたのはいずれも、羽振りの良い大金持ちや貴族です。

貧民を搾取している工場経営者に、家名にかこつけて食品を買い占め、物価を釣り上げた伯爵…あくまで、噂ですがね」

「だが、火のないところに煙は立たない…程度がどうであれ、それは事実だ」


問題は、裏がとれないこと。

相手はいずれも権力者であり、うやむやな状態で動けば却って面倒なことになるのは目に見えていた。


「富と権力に執着する人間が最も伺うのは、間違いなく国のトップ…。
陛下が動かれたとなれば、向こうも感づいて、こちらが尻尾を掴む前に証拠を隠滅するだろうな」

「やれやれ、皇帝陛下相手に堂々と白を切ると?」

「残念ながら、今のお祖父様にかつて程のお力は無いさ」


そう、他人ごとのように言って、リチャードは苦笑した。


先帝レオンの力を受け継ぎ、クジンシーを打ち倒した伝説の皇帝も、既に65歳という大台に達している。

近年は身体の不調を訴えることも間々ある。
それに、側近の大半も引退してしまった。

特に2年前、ジェラール帝が片腕として最も信頼していた術士・アリエスが亡くなってからというもの、まるで芯が脆くなってしまったように、リチャードには思えた。

足下を見られても、仕方がない。
伝承法によって力を受け継いでいても、所詮肉体はただの人間なのだ。


「バレンヌの皇帝たる者、玉座に居座ることなかれ…。
世間的には、これほど皇帝が自ら動く国も珍しいんだろうが、これが何代も前からのバレンヌ帝国だ。

裏を返せば、皇帝が先頭に立たねば上手く機能しない。
こんな状況で、果たしてヴィクトール運河の奪回が上手くいくのか…その上に、今回の騒動だ」

「それは、陛下御自身も思ってらっしゃることでしょうね。
言い方は悪いですが、陛下は今回の泥棒騒ぎを利用されるおつもりでは?
貴方の皇位継承を周囲に認めさせる為に」


ライブラは平然とそう言うが、リチャードは耳が痛かった。

わかってはいたが、そうと思いたくない事情である。


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