最初の盗賊、最後の皇子。
グラスに残っていた酒を片付け、シャーリーはスルッと立ち上がると、「メアリー、付き合わない?」とその肩に手を乗せた。
「ふえっ?えっと、私は構いませんけどぉ…」
メアリーは、そう言っておずおずと兄の顔を伺う。
ライブラは、「まぁ、良いでしょう」と頷いた。
「シャーリーが責任を持って家まで送ってくれるのでしたら、わたしはとやかく言うつもりもありません。
もう子どもではないのですから」
「了解。大丈夫よ、この子には悪い虫一匹近寄らせないわ。
それじゃメアリー、行きましょ」
「はい!
ではライブラ兄様、リチャード兄様、お先に失礼しまぁす」
なんだかんだで、この2人は仲が良い。
メアリーがぺこりと頭を下げると、シャーリーはその手を引いて部屋を出て行った。
去り際に、パチンとウィンクをしながら。
「…あいつ、さり気なく飲み逃げしやがった」
わずかな空白のあと、リチャードがそう毒づく。
ライブラは、「そのくらい、経費で出してあげなさい」と苦笑した。
リチャードとしては、自分は大して飲めないにも関わらず、酒豪のシャーリーが飲むだけ飲んで遠慮なく帰ったことに苛ついているのだが。
「まぁ、女の子たちは2人きりにしておいて、こちらは男の話をしましょう、リチャード」
「…わかってる。というか、ライ兄はどこまで掴んでる?」
「生憎、事件の闇がどこまで深いかわからないので、なんとも言い難いのですが…恐らくは、それなりに知っている方でしょう。
とりあえず、陛下が国軍を動かすことも、ご自身で動かれることもなく、貴方に全てが任された理由は、いくつか思い浮かびますよ」
さすが、とリチャードは舌を巻いた。
ライブラは、「泥棒事件については、わたしも気になっていましたから」と頷く。
「第一に、これだけ頻繁に発生しているにも関わらず、目撃情報が少ない。先ほどリチャードが言った通り、相手は相当な手練れでしょう。
当然、軍部管轄の保安局は向こうが最も気を張っているところ。そこが妙に動けば、逃げられやすい。
ジェラール陛下は、誰よりも町の平和を望まれる方。
これまでも、何か事件があれば、御自身で街を探られた。
そうなさらないのは…あの、ヴィクトール運河の攻略が思うように進んでいないから。
南北バレンヌの統合にも関わるこの局面で、さすがに泥棒1人にかまける余裕は無いでしょう。
それから…」