最初の盗賊、最後の皇子。
その姿に面を喰らったリチャードは、「そんなに可笑しいですか?」と眉根を寄せる。
「いや、すまなかった。
確かに驚きはしたが…実際に聞いてみた今となっては、以前からいつかそなたがそんなことを言い出すと、そんな予感がしていたようにも思える。
リチャード、そなたはそなたであり、息子のヴィクトールではないと自分に言い聞かせてきたが、やはり親子なのだな」
そう言われても、リチャードは「はぁ」という気の抜けた生返事しかできない。
リチャードには、自身が6歳の時に亡くなった父親の記憶が、すでに曖昧になってしまっている。
顔は見るからに母親似であり、自身が父親に似ているとは到底思えなかったが、祖父の目にはそう見えたらしい。
「そなたが任せろと言うならば、もちろん頼みたい。
もちろん、誰にでも預けられる任務ではない…だからこそ、そなた以上に適した人間も居ないであろう」
「そこまで、おっしゃっていただけますか…」
「孫を信じない祖父など居らぬぞ、リチャード。
そなたが、やると口にしたからには、必ずこの期待に応えてくれることだろう」
正直なところ、意外であった。
いくら物わかりの良い祖父とはいえ、いきなりこんなことを言い出せば、多少は渋い顔をされると思っていたからだ。
自分が皇子であることを差し引いても、10代の若者であるこの身には、ことはあまりにも大きすぎる。
「なに、そなた一人が気負うことでもあるまい。
使えるものは、思うように使え。この件については、そなたに皇帝代行の権限を授けよう。
上の物は、そなたの努力を理解している。嫌とは言うまいよ」
心を読んだかのように、老皇帝はそう言った。
「決して、そなた一人にその責任を負わせるつもりはない。
いずれにせよ、ここ数年進展がないことを思えば、そろそろ新しい風を吹き込まねばならんのだ。
こんなことを言えば、重圧にしからなんかもしれぬが…そなたは、自分が思っているよりも、ずっと他人に信頼されておるぞ」
「そう…でしょうか」
「もちろんだ。そなたの祖父として聴けと言われたからには、色眼鏡で見ていると思われるだろうが…皇帝として見ても、そなたは優秀な軍人であり、立派な人間だ。
私が若ければ、直属部隊に引き入れたであろうくらいに」
「そんな、ジェイムズ先生やアリエス先生と同等とは、恐れ多い!」
かつての皇帝直属部隊員を尊敬するリチャードは、ブンブンと首を横に振るが、皇帝は「それほど、力一杯否定することもなかろう」と苦笑した。
「彼らとて、若く青いと言われた時代があったのだ。もちろん、このわたしも。
ひとりの力では及ばぬというなら、信頼できる仲間を頼れ。1と1を足した答えが、2であるとは限らんと、わたしはアリエスから教わった」
「そう、ですか…」
どこか悲しそうなその笑顔に、リチャードはほんの少し俯いた。
皇帝ジェラールの、幼少時代からの教育係であり、皇帝となってからの一番の側近…2年前に亡くなった術士・アリエス。
きっと、リチャードにとってのライブラのような存在だったのだろう。
兄のようで、どこか親のようでもあって。
頼ればなんでも教えてくれるような。
「…さて、要塞の件は、ひとまずここまでとしようか。
せっかく、可愛い"孫"が訪ねてきてくれたのだ。今は、皇帝としての衣は放って、ただの"祖父"としてお茶を楽しみたい」
リチャードが顔を上げると、老皇帝…ジェラールは、静かな笑みを湛えてこちらを見ていた。
「…はい、お祖父様」
軍人として、国の為に…そんな名目がなければ、まともに祖父と合わせる顔もないことに、リチャードは少しの恥ずかしさと、悔しさを感じた。