最初の盗賊、最後の皇子。
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「なるほど…噂には聞いていたが、かのシティシーフが生き残っていたとはな」
カップに砂糖を落とし、そっとスプーンでかき混ぜながら、リチャードの目の前に座る老人は呟いた。
年齢の割には皺も少なく、背筋もシャンとしているが、かつての勇姿を記憶に留めている人間からすれば、確実にその老いを見て取れる。
彼こそまさしく、時の皇帝・ジェラールその人である。
宮殿の奥にある、皇帝の私室…ベランダから明るい光が差し込むその一室で、祖父と孫が向かい合って座っていた。
こうして共に茶を飲むのなど、数年ぶりかもしれない…決して、顔を合わせていないわけではないのだが。
「陛下…いえ、お祖父様はご存じなかったのですか?彼らの隠し部屋…東の離宮にある一室の存在を」
「シティシーフという組織が存在したことのみ、だな…。それも、父から聞かされたことではない。
その昔、まだ幼かった頃に…教育係であったアリエスが、歴史の授業の合間に、余談として話してくれたことのみだ」
そんな裏歴史のようなことを知っていたとは、さすがはアリエス先生…リチャードは、今は亡き家庭教師のことを思い浮かべ、苦笑した。
「これも先人の遺産であるなら、悪用するわけにはいかないな…。
リチャード、そなたが勇気を持って組織を訪れてくれたことに、感謝するよ」
「そう言っていただけると、幸いですが…。普通なら、勝手なことをするなと怒られるところでは?」
「何を言うか。そなたは、もはやわたしがどうこう口を出す歳でもあるまい。
軍人としても人間としても、立派な大人ではないか」
そう微笑むその顔は、一国の皇帝ではなく、ひとりの祖父としてのもの…そんな表情を見られるのは、きっと自分だけだろう。
そう思うと、なんだかこそばゆい。
「あの、お祖父様。こんなことを言い出すのは、軍人としてはいかがな物なのかもしれませんが…」
「なら、そなたの祖父として聞こう。どうした?」
「ありがとうございます。その…率直に申し上げます。
南バレンヌの運河要塞、その攻略をわたしに任せていただけませんか?」
口に出した直後、懐中を「とうとう言ってしまった」という感情が駆けめぐった。
しかし、ここまで来て引くこともできない。
皇帝ジェラールは、ゆっくりと紅茶を口に含み、そっと目を伏せた。
「まさか、そなたの口からそんな言葉を聞こうとはな…」
「えぇ。言った自分が一番驚いております」
「なるほど…まぁ、そうであろうな。
あくまで軍務で国に仕えるという立場を固持してきたそなたからしれみれば、突拍子もない発想であろう」
そう言って、皇帝は面白そうに声を上げて笑った。