最初の盗賊、最後の皇子。


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「おや、今夜は少し雲が…見事な満月だというのに、もったいないことですね」


そう呟いたのは、長いローブを纏った金髪の男だ。

くいと押し上げられた眼鏡の奥では、端正な二重の目が、紺碧の空の色を湛えて、月を見上げている。

凛とした立ち姿は、その涼やかな声も相俟って、まるで劇場の主演俳優さながらだ。


しかし生憎、彼の悠長な台詞に答える人間は、その場には居なかった。


「ちょっとメアリー、大丈夫なの?」

「だっ、大丈夫です問題ありません!!
し、下を見なければこのくらいど、どうってことぉ…」

「だから無理するなって言っただろ?
別に、全員が何がなんでも上へ上がる必要はないんだぞ」

「だ、だって!!万が一ここで戦闘になったら、近接武器しかないリチャード兄様には不利すぎますぅ!!
もし泥棒さんともみ合って、そのまま落っこちちゃったりしたら…ライブラ兄様は悪運が強いから平気かもしれませんけどぉ…リチャード兄様は要領が悪いから、大変なことになっちゃいますよぉっ!!」

「…メアリー、お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「指揮能力はあるのに自分はとことんついてなくって、大事なところでいっつも不幸な目に遭う要領の悪い皇子様♪」

「うるさいシャーリーお前は黙ってろ」


…まったく持って、話が進まない。

さり気なく名前を出された彼は、「誰が悪運ですか」と溜め息を吐いた。


「日頃の行いが良いと言ってほしいですね。
それに今は、喧嘩などしている場合ではありませんよ」

「なんだよライ兄、まるで俺の普段の行いが悪いみたいじゃないか」

「それは、後程自分の胸に手を当てて、ゆっくり考えて下さい。
そもそも、この現場の指揮官は貴方ですよ、リチャード。
苦労して登って、これからどう動くかは貴方次第です」


至極真っ当なことを言われて、長剣を背負った青年――リチャードは、「わかってるよ」と静かに目を伏せた。


土地の値段が高いアバロンでは、一般住居も2階建てが主だ。

即死はしないだろうが、落ちれば間違いなく痛い――骨折くらいは覚悟せねばならない――であろう地面に目を向けると、流石のリチャードもさっさと事を終えてしまいたくなった。


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