最初の盗賊、最後の皇子。
****
階段は、おおよそ地下一階相当の深さまで続いていた。
その先の通路は、比較的長身のリチャードでも、悠々と歩けるだけの高さがある。
軍靴の音を鳴らして進むと、その先はなんの変哲もない一枚のドアだった。
ノックをすれば、一呼吸置いて「どうぞ」と低い声が返ってくる。
リチャードは、小さく深呼吸をして、そのドアをそっと押した。
その中は、地下とは思えないほど明るかった。
置かれたランプのいくつかは、それなりの調度品と思われる。
古びたカウンターと、それを囲むように置かれた椅子。
そして、数人の男たちに混ざって、あの金髪の盗賊娘…キャットが笑っていた。
「ようこそ、シティシーフの寝倉へ。
あんたがいずれ来ることは聞いてはいるが、一応ここの決まりだ。礼の物を見せてくれ」
キャットのすぐ隣にいた男が、そう言って歩み寄る。
リチャードは、渡されたマッチ箱を黙って手渡した。
男はそれを受け取り、中身を確認すると、「あぁ、確かに」と放り投げる。
キャットがそれを受け取り、「ちょっと、お客さんなんだから丁重に扱ってよね!!」と頬をふくらませた。
こうして明るいところで見ると、ただの娘にしか思えない。
その仕草に好感を覚えたリチャードだが、表面上には出さなかった。
「バレンヌ帝国軍軽装歩兵隊所属、リチャード=アストレアだ。
あんたが、この組織の頭か」
「ま、そんなところだな。
オレはスパロー。夕べは、うちの妹が世話になったな。
あんたが、噂の隊長殿下か。
皇帝陛下の嫡孫でありながら、士官学校に入学、主席で卒業…軍では頑なに母方の姓を名乗って、皇子扱いされることを嫌ってるってな」
まさしくその通りだった。
リチャードは、情報の確かさに「そっちの力量は、わかっている」とため息を吐いた。
「その隊長殿下ってのはやめてくれ。リチャードで良い」
「りょーかい。じゃ、オレのこともスパローで良いぜ。
さてリチャード、うちのキャットには、逮捕するつもりは無いみたいなことを言ったらしいが…ここへ来たのは、前言撤回するためか?」
そう、スパローは不敵に笑う。
周囲は一瞬焦りを見せたが、リチャードは「まさか」と一蹴した。
「しつこいようだが、お前達を検挙する気はない。
俺は、今後のことを話し合いに来た」
「今後のこと、ねぇ…良いだろう。話を聞こう。
お前ら、どっか散ってろ。サシで話をつけるぞ」
颯爽とその身を翻し、スパローは奥へと続く扉を開けた。
そして、こちらへ来いと手招きする。
「安心しな、別にあんたを帰れなくしようなんてつもりは無いぜ。
お前ら、こっちの話が終わるまで、入ってくんじゃねーぞ」
「わかってるわよ!!
スパローにぃこそ、お客様に失礼なこと言わないでよね!!」
「だから、それこそ分かってるっての!!誰か、この口うるさい猫娘を黙らせてくれ」
頭目の言葉に、近くに居た年配の女性が、「キャット、買い物でも行ってましょ」と手を差し出す。
その手を取って、カウンターからヒョイと飛び降りると、「くれぐれも、失礼の無いようにね!!」とスパローをにらむようにして付け加え、さっさと入り口を潜って行った。
「…こっちだ」
それを見送って、スパローが手招きする。
一瞬ひどく渋い顔をしたのを、リチャードは見逃さなかった。