最初の盗賊、最後の皇子。
「借りができちゃったわね。でも、おかげでアタシもこの子も無事だわ」
「よっぽど大事なお宝なんだな、それ。なんかたいそうなもんでも、中にしまってるのか?」
彼女が抱えていたのは、ほんとうに何の変哲もない人形だった。
それを再び抱き直し、「価値なんてものは、本当の持ち主にしかわかんないものよ」と呟く。
「頼まれたの。ある女の子に。
どっかの金持ちが、その子の親が死んだのを良いことに財産全部根こそぎ横領してね。
その子に残された、たったひとつ大切なお人形さえ、奪い取って自分の娘へやってしまった。
その金持ち娘の部屋で、無造作に放り出されたところを、アタシが助けてきたまでよ」
「そういうこと、か…」
「ま、ついでにちょっくら金目の物もいただいちゃったけどね。
基本的には、アタシたちは金持ちからしか奪わない。
それに、頼まれたものはそれがどんな物でも、必ず盗んでくる。
それが、シティシーフってものよ」
そう誇らしげに笑って、彼女は立ち上がった。
「それから、借りはキッチリ返す主義なの。
アタシにできることなら、なんでもするわ。
用があったら、酒場の親父に小ネコのことを訊いてみて」
「小ネコ?そういや、お前名前は…」
既に背を向けていた盗賊少女は、一瞬こちらを振り返り、「キャット」と呟いた。
「それじゃ、またね。
お休みなさい、リチャード殿下♪」
「えっ、っておい!」
リチャードが止める間もなく、キャットと名乗った盗賊少女は、華麗なウィンクだけ見せつけて外套を翻し、足早に去ってしまった。
その場にひとり残されたリチャードは、巻き付けられた赤い外套にそっと手をやる。
ただ、あの去り際の笑顔が、目に焼き付いて仕方なかった。
「なんなんだ、あの娘は…」
そう独り言と共にため息を吐いても、心の中はモヤモヤしたままだった。
「リチャード兄様!!」
遠くから名前を呼ばれて、ハッと顔を上げる。
見れば、兄の袖に縋りながらも、メアリーがこっちに向かって手を振っていた。
「よかったぁ…ご無事だったんですね」
「大丈夫よメアリー。
リチャードはどんなに要領悪くて不幸でも、大惨事に至ったことは今のところ無いわ」
「悪かったな、要領が悪くて!!」
そう言い返してはみるものの、今回ばかりは言い逃れが出来ない気がした。
案の定、「その腕はどうしたのよ」とシャーリーは外套をほどく。
「ひどいケガじゃないですかぁ!!ライブラ兄様っ、は、はやく回復の術をぉっ!!」
「落ち着きなさいメアリー。このくらいなら傷はふさがりますよ」
妹を宥めて、ライブラが傷口に手をかざす。
冷たい水の感触が傷に染みこみ、痛みが引いていく。
「ただ、これだけ深い傷だと、術を使っても多少は痕が残りますね…。
まったく、なにをどうしたらこんなケガになるのですか。
下手したら、重要な血管が裂けていたかもしれない深さですよ」
「に、兄様怖いこと言わないでくださぁい!!わ、私目が回ってきましたぁ…」
「メアリー、しっかりして!
まったく、それもこれも貴方がふがいないからよ、リチャード」
「今回ばかりは色々と反省してるさ。
とにかく、あの女が何者かは後で話す。撤収するぞ」
止血の必要がなくなった外套の切れ端をたたんで、リチャードは元来た方向へ歩き出した。
激しく血が染みこんで、もはやどうしようもないその布きれを、何故だか棄てられない気がした。