最初の盗賊、最後の皇子。
「えっ、ちょっと…何でアタシなんか助けるのよ!!」
ぶらんと屋根の上から吊された状態で上を見上げ、盗賊少女はそう声を荒げた。
それに対してリチャードは、「うるさい騒ぐな!」とよっぽどそちらの方が騒がしい言葉を返す。
「助かりたかったら、そっちでしっかり握ってろ!!腕はともかく、手首から先に力が入る状態じゃねえんだよ!!」
そう言われるのと、彼女が手に生暖かい感触を覚えるのが、ほぼ同時だった。
見れば、繋がった手を伝って、赤黒い液体が流れている。
更にその上を確認すれば、リチャードのむき出しの腕は、落下の際に屋根の鋒で擦ったらしく、ザックリと切れた部分から血があふれ出していた。
その光景に少女は思わず息を呑むが、ほどなく引き上げられた。
「まったく、ドジなシーフめ。ここで落ちれば、せっかくのお宝も台無しだぞ」
ため息と共に、リチャードはそんな軽口を叩くが、大きく肩で息をしていた。
自分では大したことないとは思ったが、改めてみれば傷は深い。
今更になって、どうしようもない痛みを感じた。
「ドジはどっちよ!!その泥棒相手にこんなケガまでして!!」
「別に、ケガしたくてしたわけじゃねえよ!!
ってか、助かったんだから礼のひとつくらい言えねえのか、お前は」
ここまで来ると、自分はシャーリーの言うとおり、本当に要領が悪いのかもしれない。
きっとメアリーに心配されるだろう。
とりあえず止血を…そう思ったところで、腕を取られた。
リチャードが何かを口にする間もなく、盗賊少女は自分の外套を引きちぎり、その腕に巻き付ける。
「盗賊女と、薄汚れた人形ひとつの為に、皇子様が血を流すなんて…。
世間の人間が知ったら、アタシはとんでもなく罪な女だわ」
「生憎、自分の血にそんな希少価値なんざ見いだしてねえよ。
それから、俺はリチャードだ。いつまでも皇子扱いするな」
これだけのケガを負っても、未だそんな余裕を見せるリチャードに、彼女は何がおかしいのか、声を上げて笑った。
「噂には聞いていたけど、ホントに口が悪いのね。綺麗な顔してもったいないわ」
「悪かったな女顔で。ほっとけ」
気にしていることを指摘され、リチャードは拗ねたようにそう言うが、彼女はそこでようやく「ありがとう」と口にした。