最初の盗賊、最後の皇子。
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今更ではあるが、自分の身ひとつで飛び出してきたことを、リチャードは悔やんでいた。
追いかけるなら、足の速いシャーリーの方が断然有利であるし、そもそも指揮官が単独で動くというのもおかしな話だ。
しかし、咄嗟に追いかけてしまったのだから仕方ない。
とりあえず、残された現場はライブラの判断でなんとでもなるだろう。
つくづく、自分は人の上に立つ器ではないと、リチャードは思った。
士官学校時代の模擬戦では、小隊指揮でなかなかの成績を修めているが、実戦となれば話は別だ。
それにしても、何故自分で追いかけてしまったのだろう…相手が少女で、追いつけると見くびったわけではない。
ただ、何がなんでも彼女と話がしたい…先に聞かされたライブラの話のせいか、そんな思いが心の中に渦巻いていた。
「待てっ!!俺はお前を捕らえるつもりはない!!」
走りながらそう叫ぶと、小柄な影は足をゆるめ、こちらを振り返った。
闇夜には不釣り合いな、鮮やかな金色の髪。
すらりとした肢体。
わずかにつり上がった目が、キッとこちらを見据える。
「だったら何よ、皇子さまは道楽で夜更けに屋根を走る趣味でもあるっていうの?」
そう叫ばれて、リチャードは心臓を捕まれた気がした。
彼が王族として公式の場に姿を現すことは、まず無いと言って良い。
それなのに、何故皇子だとバレたのか。
「あたしたち"シティシーフ"を馬鹿にしないでよね。アバロンのことなら何だって知ってるわ」
リチャードの言いたいことをくみ取ったのか、彼女は腕に抱えた人形をぐっと抱きしめ、そう言った。
「"シティシーフ"…都会の盗賊、というわけか。100年前の諜報組織が、生き残っていたとは」
「分かってるなら、邪魔しないで。
あんたたちがなんと言おうと、アタシたちは勝手に行動させてもらうんだから!!」
「いや、待ってくれ!!こっちには話が…」
リチャードが伸ばした手を、彼女はひらりと身をよじってかわした。
しかし、その拍子に足がもつれ、不安定な屋根の上でヒールが滑る。
「キャァッ!!」
「危ないっ!!」
リチャードの腕は、咄嗟に彼女の肘をつかんだ。
しかし、不安定な足場にいることは彼も同じだ。
そのまま引きずられ、彼女は夜の闇に放り出された。
つかんだ肘から手は滑るが、なんとかその手を握りしめることには成功する。
ただし、そのままリチャードも引きずられ、屋根の上にひれ伏しながら、彼女をつかんだ右腕だけ放り出される形になった。