最初の盗賊、最後の皇子。
壁際にペタリと張り付いたシャーリーの、準備完了の目配せを確認して、リチャードは壁に剣を立てかけ、そのまま一気に窓枠を掴んだ。
暗い室内を、見事な満月が照らす。
ちょうど引いた薄雲のおかげが、リチャードの目にははっきり見えた。
何かを大切そうに抱えた、金髪の少女の姿が。
「お前かっ!?アバロンで盗みを働いていたのはっ!!」
そう叫ぶと、少女はハッと顔を上げた。
「あんたは…どうしてここが!?」
そう呟いたかと思うと、大きく右腕を振り上げた。
そして次の瞬間、勢いよく何かが飛んでくる。
それが刃物だと直感的に悟ったリチャードは、咄嗟に身を捩った。
しかしその後、更に驚くべきことに、リチャードが身体をずらして出来た隙間から、少女本人が飛び出して、部屋を抜け出したのである。
刃物が投げられてから、瞬きする間もないほどのこと。
リチャードも直ぐには対応できず、自分の脇をすり抜ける少女の姿が、まるでスローモーションのように感じられながらも、腕を伸ばすことすらできなかった。
あまりに突然のことすぎて、さすがのシャーリーも反応が遅れる。
「こら、待ちなさい!!」
そう叫んで、左手に仕込んでいたナイフを飛ばすが、少女は華麗に身を翻した。
ようやく身体が動いたリチャードが、屋根の上へ飛び降り、そのまま走り出す。
「ちょっとリチャード、武器!!」
「拾っておいてくれ!!」
こちらが叫んだことに、そんな言葉が返ってくる。
仕方なく、シャーリーは無造作に立て掛けられた剣を拾い上げた。
いざとなれば、片手でも使えるであろうが、ずしりと重たい。
両手剣を好むリチャードらしいが、追いかけっこをするには重りにしかならないだろう。
「まったく、あの無鉄砲皇子は…。指揮官が得物を放り出すなっての」
だが問題は、武器ではなく部下を放って、自分が突っ走ることである。
「やれやれ、仕方ないですね」
その場へ合流したライブラが、そう溜め息を吐いた。
後ろから来たメアリーは、「お役に立てなくてすみません」と肩を落とす。
「無理やり狙いをつけても、シャーリーさんやリチャード兄様に当たってしまいそうで…はうぅ」
「落ち込まないで、メアリー。
さ、あの困った兄様を追いかけましょ」
そう言って、シャーリーは肩を竦め、小さく溜め息を吐いた。