最初の盗賊、最後の皇子。
そこまで言われれば、その後の展開は読めた。
メアリーも、「もしかして、この離れはその諜報員さんの為に用意されたってことですかぁ!?」と驚く。
「恐らくは。
しかし、ジュリアン陛下は25歳の若さで亡くなられた。
後を継がれた弟君のユリウス陛下は、御子息レオン陛下と同様、できる限り御自分の足で歩かれる方でした。
それに、その頃には北バレンヌだけでもかなりの生産力を持てていましたし、国力も安定しています。
闊達なユリウス陛下の前では、反乱分子も息を潜めたのでしょう」
「なるほど。雇われてた諜報員は、お役御免ってことね」
そう言って、シャーリーは城壁を見上げた。
これだけの壁を越えて皇帝に尽くした人間でも、首を切られる時は一瞬なのだろう。
「でも、現にこうして、ここを根城に活動している人間がいる。
残党…って言い方は変だけど、後継者が居たってことかしら?」
「諜報員が一人ではなく、それなりの組織だったとしたら…有り得る話だな。
必要とされなくとも、組織として生き残っていた」
それが最近、再び動き出したとしたら。
この場所が伝えられていても、何ら不思議ではない。
「だとしたら、使うだけ使って放り出した、うちの先祖に問題があるんだろうな。
どっちみち、捕まえたところで処罰するつもりなんざなかったが…」
「当たり前ね。100年前とはいえ、相手は正式に皇帝と契約してたんだから」
シャーリーは、そう言って腕を組む。
雇われ人であるという感覚は、軍属の彼女にも通じるものがあるのだろう。
「とにかく、ターゲットが現れたら、なんとしてでも捕まえるぞ。
事情を聞かないことには、どうしようもないからな」
「了解ですぅ。…あっ、噂をすれば」
メアリーが慌てて口を噤み、3人に煙突の影へ隠れるよう手招きをする。
彼女は人一倍、目も耳も良い。
何かを察したのだろうと、3人はすぐさま従った。
雲がかった月明かりに照らされて、小柄な影が何かを抱え、悠々と城壁の狭い足場を歩いている。
まるで地べたを歩くのと変わらないその足取りに、一同は無言で目配せしあった。
相手は、相当の手練れだ。
幸い、こちらは気づかれていないらしい。
小柄な影は、一行から見て遠い方の離れに近づき、鍵がかかっていると思われる窓を、片手でちょいちょいとつついた。