【5代:アメジスト帝】


果たして、「伝承法」そのものには意志が存在するのだろうか?

フリッツ帝までの間は、先帝がその意志で後継者を決めていた。
しかし、フリッツ帝のあまりに唐突な死により、その身体を離れた「伝承法」の力は、次の後継者に街角で暮らしていた20歳の娘を選んだのである。

それは無作為なものであっただろう、しかし、そこに何かの「意志」が働いていたように、私には思われる。
何故ならこのアメジスト帝は、突然の即位から始まり、拙い施政を始めながらも国民の支えとなり、その50年にも渡る長い在位期間の間に、帝国を大きく発展させた偉大なる皇帝のひとりだからである。

旧王朝時代にも、何人かの女性皇帝が存在した。
しかし、伝承皇帝としては初の女帝であり、しかもそれまで軍人・武闘家出身の皇帝が続いたこともあり、術士出身の皇帝の力は疑問視された。

最初のレオン帝が息子に、ジェラール帝が孫に、リチャード帝が親友へと受け継いできたこの伝承法が、先帝となんの関係もない普通の娘へと渡された。
それは、血統はおろか、本人の意識すら凌駕して伝承法が働いた初の事例だった。

このアメジスト帝については、自身の手書きの日記が丁寧に保存されていた。
即位当時の苦悩など、まるで手に取るように伝わってくる。

アメジスト帝が初の女帝であることは前記の通りだが、術士出身の皇帝は後にも先にもアメジスト帝唯一人である。
彼女が皇帝であったからこそ、術研究所の設立、術研究の予算組み、施設の充実化などが図られたことは間違いない。
それまで、アバロンの軍部には術法を軽んじる風習があり、術は一部の術士のみが使えれば良いとされていたからだ。

しかし、この術研の存在は、言うまでもなく七英雄及びモンスターとの戦いで大きな役割を果たしている。
高等術法及び合成術の研究は、この施設が存在しなければ生み出されなかった技術であるからだ。

戦うだけでは、国は育たない。そして、国の発展がなければ戦うことなど出来ない。
伝承法は、アメジスト帝にその力を託すことによって、それを国民に伝えたかったのかも知れない。

アメジスト帝は、主に文化面で国の発展を促した。

幼少学校における初等教育の無償化により、国民の識字率は格段に上がり、それによって経済も大きく発展している。
また、国立孤児院を建設し、恵まれない子どもたちに手を差し伸べ、市民病院の建設は多くの貧しい病人を救った。

今の庶民にとって当たり前の生活は、このアメジスト帝によって基盤を作られたと言っても過言ではない。

術法において才女と言われていたとはいえ、わずか20歳の娘に託された国の未来。
それに、戸惑いながらも応えたアメジスト帝。
最期には、「こんな私でも、皇帝としてなんとか生きられて良かった」と呟いたそうだ。

アメジスト帝にとっての伝承法というよりは、伝承法にとって、バレンヌ帝国にとってのアメジスト帝。
それは、あわただしく始まった伝承法時代にとって、本来あるべきであった国のための施政というものを思い出させるため、必然的に選ばれたものだと、私は信じて止まない。
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