【4代:フリッツ帝】
フリッツ帝は、旧王族とは無関係に帝位を継承したの初の皇帝である。
このフリッツ帝には、「初」という言葉がよく当てはまる。
アバロン出身でない、初の皇帝。
生涯一度も剣を持たなかった、初の皇帝。
そして、市民の女性を皇后とした初の皇帝。
3つ目に関しては、単純に彼が皇位を継承した時点で、既に一般の女性と結婚していたことからだ。
伝承皇帝の大半は、その生涯を独身で終えた。
正式に皇后をおいていたのは、レオン帝・ジェラール帝以外では、皇位継承時に既婚者であったこのフリッツ帝と、タンクレッド帝しかいない。
更に言えば、基本的に若者へと力が引き継がれた伝承法時代において、継承当時30歳のフリッツ帝は最年長の新皇帝である。
27年の在位期間においては、主に財政に力を入れ、国を南へと広げていった。
彼が皇帝となったのは、先帝リチャードの無二の親友であり、彼の直属部隊員として共に戦い、その最期を看取ることになったからに他ならない。
元々南バレンヌの出身であったフリッツ帝は、あの運河要塞がそびえ立つヴィクトール運河のほとりの村で生まれ、格闘家が集う「龍の穴」に入門、修行を積んでいた。
まだ彼が若かりし頃、アバロンから運河攻略のための軍が送られてきた。
それを率いていたのが、当時19歳のリチャード帝であり、攻略のための協力を請いに彼が「龍の穴」を訪れたことで出会い、共に戦うこととなった。
攻略戦の後も、彼らは気の合う友人として共に戦い、リチャードの皇位継承に伴い正式にアバロン皇帝に士官することとなる。
そして、彼が遠征先のルドン高原で、敵の襲撃に命を奪われ、息を引き取る寸前に、「伝承法」によって国を託された。
もちろん、それまで親友が務めていたというだけで、他に縁のなかった「皇帝」という役職に、最初は戸惑ったことだろう。
しかし、彼は皇帝になる前、なった後とでなんら変わった部分は見受けられない。
情に篤く、義を立てる人物であり、元々皇帝に向いている人間であったのかもしれない。
格闘家特有の大きな体は、皇帝という威厳を現していながらも、本人は子ども好きでにこやかな人物であったという。
彼にとって、皇帝とは親友・リチャードであった。
そしてそのリチャードを、皇位継承以前から知っていた彼からしてみれば、気張らないリチャード帝の姿を踏襲しただけに過ぎなかったのだろう。
やはり彼も、国民に好かれる皇帝であった。
よく、護衛も付けずにアバロン市内を歩き回って、時間が許せば子どもの遊び相手になることもあったという。
その気張らないながらも、正義感の強い皇帝は、やはり自身の正義を押して死んでいった。
たまたま居合わせた、アバロン市内で起こった馬車事故。
その下敷きになった子どもを助けるため、周囲の止める声も聞かずに馬車の下へ潜り込み、子どもを逃がして自身はその下敷きとなったのだ。
享年57歳。あまりに突然すぎる死であった。
そして、生前後継者を決めていなかったフリッツ帝の死後、「伝承法」の力はアバロンを彷徨い、次の皇帝に本人の意志とは無関係にその力を宿らせたのである。