「ある姉弟の日常」
「ねえ、タウラス?」
「絶対やだ」
「おかしな子ね、まだ何も言ってないじゃないの」
「何を言い出すかはともかく、今の言い方は絶対オレにとって面倒なことだ。違いねぇ」
「どうしてそう思うの?」
「『ねえ、タウラス?』ってわ、ざわざ尾語を上げる感じがわざとらしいんだよ。とにかく、オレは何も聞いてねぇからな!!」
「来週の、術研究所創立50周年式典のことなのだけれど…」
「聞けよ!!」
「術研所長のポラリス先生が、『創設からのあゆみについては、術士長のスピーチに任せた』とか仰有るのよ。
ところが、困ったことに今回の陛下の行幸についても、わたくしが所見をまとめなければならないの。
いくらわたくしでも、式典スピーチの原稿を書きながら、報告書を書く…なんてことが出来るわけがないでしょう?
けれど、引き受けてしまった以上、なんとかしなくてはならないし…」
「そりゃそうだろうな。報告書はともかく、姉貴はスピーチ書くの極端にヘタだもんな」
「世の中には適材適所という言葉もあるのよ、タウラス。
確かにわたくしは、人前で話す文章を書くのは苦手だけれど、それが得意な弟をこうして授かったのだもの。神様はきちんと考えて下さってるのだわ」
「ついでに計算もな。なんで術式が組めて、単純な数式は間違えるんだよ…」
「つまり、あなたがスピーチ原稿を書いて、わたくしが報告書を書く。これがまさに、神様から与えられた使命なのだわ」
「話がでけぇよ!ってか、実はその原稿だって、とっくに言われたのをほったらかしてたんだろ?!せめて出かける前に言えよ!!」
「だって、決算報告と一緒にそんなことをお願いしたら、絶対あなた怒るじゃない」
「当たり前だろ!ってか、その決算書だってどんだけ苦労したと思ってんだよ?!
ピーターとロンと3人掛かりでやっても、絶対最後の計算が合わないからって全部さらいなおしたら、姉貴が半端に手を付けた頭の部分が根本的に間違ってて、結局殆どやり直したんだからな!!」
「お2人には感謝しないといけないわね」
「たまにはオレにも感謝しろよ!」
「だから、今回はきちんとお土産を買ってきたでしょう?ティファール名物宝玉ワイン。その分くらいは、お仕事してくれたって良いじゃない」
「…後払いを次の借りにする気かよ」
「ね、お願い。この通り!」
「うわっ、背後からへばりつくなよ!暑苦しい!!」
「へばりつくなんて、失礼ね。愛情こめて抱きしめてくれる姉に、なんてことを」
「さりげなく右腕をホールしながらそういうこと言うなっての」
「世間の殿方にはうらやましがられるところよ。感謝なさい」
「実の姉貴に抱きつかれて、羨ましいもなにもあるかっ」
「そんなこと言って、照れない照れない」
「照れてるんじゃねえっ、呆れてるんだ!!」
「そんなに暴れなくても良いじゃない。では、頼んだわよ」
「まだ了承してねぇだろ!」
「50年分の年紀は、研究所の図書室にあるから宜しくね。
きちんと、設立者のアメジスト陛下や初代所長のレグルス大先生から書き始めないとダメよ?歴代所長の名前をひとりでも間違えたら、所長に怒られるでしょうから」
「…いいかげんに自分で書くことを覚えないと、姉貴の術士長就任スピーチの原稿書いたのもオレだってこと、世間にバラすぞ」
「別に良いわよ。色々とできる有能な弟を持ったわたくしが、喜ばしいだけのことですもの。それじゃ、頑張ってね」
「…もはや反論するのも面倒になってきた」
色んな意味で、うちの姉貴は最強な気がする。
主に、弱点を弱点たらしめないところが…。
―1147年夏、
宮廷魔術士タウラスの日記。