彼の地に花が咲かずとも


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「今更、母さんを訪ねて遙々アバロンから来るような人間が居るなんて、思いもしなかったぜ。まったく」

大福を口に運びつつ、そう呟く親友に、シュウサクは「それは酷い言い種だな」と苦笑した。

「おばさんの、実のお兄さんなんだろ?だったら、会いに来たって何ら不思議ではないじゃないか」

「ってか俺、母さんに兄貴が居るって事実も今日知った」

「…それは、驚くのも無理ないな」

シュウサクがそっとユリの方を窺うと、彼女は「私は知ってたけどね」と肩を竦めた。

「もう何年も連絡とって無いって聞いてたから、さすがに本人登場は驚いたけど。

元々、母さんの実家って、術士の多い家柄らしくて。
母さん本人も術士だったとは知ってたけど、あの口振りじゃ、向こうをちゃんと辞めずにヤウダへ移住しちゃったみたいね」

「強引にも程があるぜ、まったく。
…ってか、悪いなシュウサク。なんか巻き込んじまって」

サジタリウスは謝るが、シュウサクは「気にしないでよ。こうやって、僕も大福よばれながら、課題まで見てもらってるんだから」と、頭を振った。

ちなみに、ユリは高等学校を出て、現在は初等学校の教師をしている。

教え方の上手さは折り紙付きで、2人ではどうしようもない課題の時は、よくこうして彼女に教えを請う。

学校卒業を間近に控えた今となっては、これも最後になるだろうが。


「てかあの伯父さん、母さんはともかく、俺にまで何の用だったんだろ。
俺の名前も、なんか随分引っかかってたみたいだし」

唇に付いた餡を舐めながら、サジタリウスは小首を傾げる。

それにユリは、「単純に、名前からして気に入ったんじゃないの?」と苦笑した。

「サジタリウスって、元々は母さんのお父さん…私たちのお祖父ちゃんの名前なのよ。
あんたが産まれた時、なんとなく死んだお祖父ちゃんの面影があったから、そう名付けたって。
つまり、あの伯父さんからしてみても、自分の父親と同じ名前。だから、親しみが湧いたのかもね」

「…あのさ、なんで俺本人も知らないような話を、姉ちゃんは知ってるんだよ」

「普通に母さんから聞いたわよ。あんたは聞いてなかったか、聞いても忘れてたんでしょ」


そう言われると、そんな気がしないでもない。

そう思ったことを、顔色から読んだらしく、シュウサクは「まぁ、サジというものだな」と小さく溜め息を吐いた。


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