彼の地に花が咲かずとも
「お前は、ディアネイラ陛下の御恩情で、このヤウダで暮らしてはいるが、元は宮廷魔術士…その御側にあって、皇帝に忠義を尽くすのが、その務めだ。
いつまでも、その特例が赦されると思うな」
「つまり、私にアバロンへ戻れと?」
「単刀直入に言えば、な。
それに、先日送ってきたあの術式…あれはなんだ!?
あんな複雑なものを未完成で送りつけて、我々にどうしろというのだ」
声を若干荒げるリゲルに、ベリルは平然と「だって、思いついたんだもの」と呟いた。
「庭そうじしてたら、ふと降ってきたのよ。
でも、術士を辞めた私にとっては、無用な思いつきだし、そのまま捨てるのも勿体ないから、アバロンの術研に送ったまでよ。
誰も使わないなら、別に破棄してくれて構わないわ」
「…こう言うのも癪だが、お前は天才だ。誰も思い付かないような合成術を、あっさり打ち立てたりする。
その才能を、ここで腐らせるつもりか、お前は」
眉間に皺を寄せ、リゲルは再び溜め息を吐く。
そんな会話を、サジタリウスとシュウサクは黙って見ているしかない。
そこへ助け舟を出したのは、お盆を台所へ片付け、戻ってきた姉・ユリだった。
「ほら、2人とももうすぐ卒業試験でしょ?勉強進んでないなら、見てあげるわよ」
「そっ、それは是非!ほらサジ、算術の課題まだ片付いてなかったろ!?」
「そうだった、そうだった!頼むよ、姉ちゃん」
白々しくそう言って、2人は慌ただしく立ち上がる。
「すみません。僕たちは宿題があるので、失礼します」
シュウサクが丁寧に頭を下げ、サジタリウスもそれに倣う。
そのまま自室へ引っ込もうとした所、背後から「あぁ、サジタリウス君」と声をかけられた。
「はっ、はい?」
「君にも、話したいことがある。少し、同席してはもらえんか」
「えっ、俺ですか!?いや、でも…」
突然の指名に、思わず声が裏返る。
どう答えたものかと思案していると、母が急に立ち上がった。
そして、息子に大福が山と乗った皿を押し付ける。
「これ、向こうで3人で食べなさい」
「いや、でも…」
「いいから。この口うるさい伯父さんのことは、気にしなくて良いから」
そのまま、ぐいと廊下に押し出され、襖が閉められる。
半ば強制的に追われたことに違和感を感じながらも、サジタリウスは大人しく部屋に引っ込むしかなかった。